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表紙

crimson sunrise
―112―


 翌日の木曜日、香南はたそがれ時になってから、アパートに戻ってきた。
 木工教室の仲間で先輩の立花千寿〔たちばな ちず〕に祝い事があって、彼女のおごりでカフェに繰り出していたのだ。
 そこには千寿の娘と姪も来た。 どちらも千寿に似て、おおらかで楽しい性格で、年が近い香南とすぐ打ち解けた。
 同じ木工教室の広井幸恵も混ぜて五人で、声が枯れるほどしゃべりまくったあげく、夕方近くなってやっと帰路に就いた。 酒が飲めない千寿の姪の絵梨〔えり〕が、伯母の大型車に全員を乗せて、自宅を回って送り届けてくれた。


 アパートの正門前で、香南はご機嫌で車を降りた。
「ありがとう、絵梨さん」
「へいき平気。 楽しかったねー」
「うんうん。 また会えるといいね〜」
「集まろうよ」
 端の座席で半分眠っていた幸恵が、不意に目覚めて身を乗り出した。
「来月、私の誕生日。 うちのムコは覚えてるけど、プレゼントくれるだけなんだ。 だから、友達のやってるレストランにご招待しま〜す。 ね、来てくれる、みんな?」
 行く行く! と全員が口を揃えた。 千寿の娘の由布子〔ゆうこ〕は学生で、時間が比較的自由になるし、姪の絵梨は宝飾デザイナーをしていて、これまた自由業だった。


 手を振って一同と別れた後、香南はややヒョロヒョロした足取りで、アパートの敷地に入っていった。
 すると、階段の途中で押し問答している男女が見えた。 女性は柔らかな生地のシャツとクロップドパンツ姿で、段の上のほうに立ち、Tシャツにチェックの半袖シャツを重ね着した男性は、その三段ほど下にいた。
 初めは聞こえにくかったが、やがて女性のほうがじれて、高い声になった。
「だから、あなたなんて知らない! 早くそこどいてよ!」
 男性もつられて大声に変わった。
「また逃げるのか? 姿を消せば、それで済むと思ってるのか?」


 香南の足が、地面に根が生えたようになった。
 まったりしたホロ酔い気分が、男の声を聞き分けたとたん、悪夢に変わった。
 明らかに聞き覚えがある。 二度と耳にしたくないと思っていた声だった。
 バカ兄貴のヤツ、彼に告げ口したんだ──香南は困り果てて、酒で熱くなった顔をくしゃくしゃに歪めた。







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