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―111―
蔦生の膝に座りこんだまま、香南は数秒間放心状態になった。
初めて出会った夜、彼が同じベッドに入ってきたことに気づかず、朝までずっとのんびり眠っていた。
いや、本当は夢うつつでも気づいていたはずだ。 自衛本能が働かなかったのは、彼が横にいるのを嫌がらなかった、むしろ心地よかったためなのだ。
すると何? 彼に抱き上げられたいから、無意識にフッと気絶してみせたわけ?
そんなのって、あり?
顔、性格、仕事。 蔦生のことを何一つ知らないうちから、香南は彼を好ましく思った。 そして、会えば会うほど、強く惹き付けられていった。
彼にずっとくっついていたい、こんなふうに膝の上で揺られていたいと夢見るほど。
「僕じゃ物足りないだろうな」
不意にこめかみに囁かれたので、香南はびくっとして我に返った。
「えー? なんでそんな?」
「十一も年上だから。 話、合わないだろう?」
「話って、だいたい男の子と女の子は話題が違うよ、ふつう」
「まあ、そうだけど。 その上、育った年代が違うと余計に」
香南は座り直して体の向きを変え、コアラが木の幹にしがみつくように、蔦生にペトッとくっついた。
「そんなこと思ってみたこともない。 どうでもいい」
こうして傍にいてくれれば、と香南は思った。 そして、自分が甘ったれだと初めて気づいて、驚いた。
香南の髪を撫でながら、蔦生は呟いた。
「若くて一番いい時期を、僕はすっ飛ばして生きてきちゃったんだなぁと、やっと気づいた。
取り戻したいけど、急にはしゃいだらそれこそバカみたいだし」
「じゃ、よそへ行かない? 行矢さんがバカやっても誰も気づかない遠くへ」
「また秀紀が探偵雇って、社長が遊ぶようになったら会社が危ういとか何とか、重役会に報告しそうだな」
「いいじゃない。 行矢さんも探偵使って秀紀さんをリサーチして、隙あり! って反撃すれば。 どうせボロ出すと思うから」
くすくす笑いで、蔦生の体が揺れた。
「隙あり、か。 香南のアイデアって、とぼけてるようでいて核心をついてて、ほんと面白いな」
「そう思う?」
「うん」
夫の優しい声を聞いていると、香南は嬉しいのか切ないのか、胸が絞られるような気持ちになってきた。
これは、きっと愛なんだ。 私はこの人の、他の人にないものを愛している。 何かは説明できないけど、確かに存在していて、それは財産や顔立ちには関係ないものなんだ。
彼もそうなってくれればいい、と香南は願った。 初めは去っていった恋人と似た顔に惹かれたとしても、やがて香南にしかない何かを好きになってくれたら、と。
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