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―107―
翌朝、定刻通りに蔦生が会社に出た後、香南は改めて部屋を見渡した。
そして、きちんと片付いてはいるが、なんとなく前より狭いのに気が付いた。
増えているのは、主に蔦生の身の回り品だ。 彼は最近、ほとんど下の自室に行かなくなり、こっちでばかり生活していた。 一階の部屋は納戸と事務室の兼用に落ちぶれて、普段使いの服や下着、ドライヤーに雑誌、パソコンの周辺機器などが、じわじわと香南のテリトリーを侵食していた。
ベッドだけは大きいのを買っていて成功だった、と、香南はちょっと照れながら考えた。 キャンペーン・スタッフは主に立ち仕事だ。 せめて夜はくつろいでゆったり休みたいと、セミダブルを入れ、寝室を別にできるアパートを選んだのだ。
それにしても、このまま物が増えると、ちっぽけなリビングがジャングルになりそうだ。 ラックをもう一つか二つ買って壁際を活用しよう。
香南は空いている壁面積を念入りに測った後、携帯より画面が大きくて選びやすい自分用のパソコンを出してきて、クッションに座り、いい家具を探し始めた。
いろいろ目移りしている最中、ベルが鳴った。 電話ではなく、玄関のチャイムだ。
何だろう。 宅配かな。
香南はパソコンを点けたままにして立ち上がり、ごく短い廊下に出た。
のぞき窓から見たところ、誰の姿もなかった。 念のため、ドアを開けて外廊下を見渡したが、やはり無人だ。
いたずらか? また例の意地悪なのか?
フン、と鼻を鳴らしてドアを閉じようとして、香南はドアノブにまた袋がかかっているのに気づいた。
もう、ほんとムカツク!
乱暴にもぎ取ってドアをバタンと閉め、傍の屑篭にそのまま捨てようとしたが、やはり一応、居間まで持っていって、逆さまにしてテーブルの上で振った。
中から、写真が三枚落ちてきた。
どれも、グリーンの高価そうなドレスを着た女性と一緒にいる蔦生を盗み撮りした写真だった。 二枚はぴったりくっついて踊っていて、もう一枚は蔦生の車に女性を乗せようとドアを開けているところだった。 肝心の女性はすべてカメラマンに背中を向けていて、顔はまったくわからなかった。
こんなハンパな写真、と香南は皮肉な笑いを浮かべた。 浮気と思わせたいなら、二人でベッドにいる現場写真ぐらい送ってこないと。
捨てる前に袋の内部を確かめると、四つ折りの紙が見えた。 そこには、印刷した字でこう書いてあった。
『今モ浮気中
会社ニ出テナイ
ココヘtelスレバワカル』
そして、電話番号が添えてあった。
「しつこい、しつこい、しつっこい!」
紙片に向かって、香南は繰り返して怒りをぶつけた。
こういうネチッこさは本当に苦手だ。 いつまでも波状攻撃してくるから、神経に障る。
放っておくべきだ、と頭では思ったが、具体的な電話番号を目の前にすると、指先がちりちりした。
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