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表紙

crimson sunrise
―104―


 香南は電話を少し耳から遠ざけ、受話器に向かってしかめっ面を作った。
 なんだろ、この男。 今度は何をたくらんでいるんだ。
「じゃ、行矢さんに訊いてから、折り返し電話します」
「おい!」
 秀紀の声が半オクターブ上ずった。
「冗談だろ! 話ってのは、あいつのことだぞ!」


 香南の胸が、妙な具合にねじれた。
 そんな予感はしていた。 秀紀は蔦生との仲をこじらせようと、やっきになっているのだから。
 駅の女性のことで敏感になっているのに、これ以上気持ちの乱れることは言ってほしくなかった。
「もうイヤミや悪口は言わないんでしょう?」
「悪口じゃないよ。 こっちも困ってるんだ。 なあ、今回に限り、共同戦線張ろう。 話を聞くだけ聞いてくれればわかるよ」
「ともかく、電話で言ってみて。 それから考える」
「ガード固いな…… じゃ、一応話す」
 不満そうに咳払いしてから、秀紀は声を下げて話し出した。
「おととい、新婚旅行から帰ってきたんだけど」
 日曜日か。 仕事があるから、休日に戻るのは普通なことだ。
「とたんに行矢がちょっかい出してきたんだ」
「何に?」
「わかるだろ? オレの嫁さんにだ」
「そんな!」
 確信がしっかり言葉の勢いに現れていればいいな、と思いながら、香南は強く反発した。
「ほんとだって! 本社近くのレストランに呼び出して、二人でランチ食った」
「それから?」
「一時間ほど話して、帰った」
「そんだけ?」
「そんだけとか言うな! ヨーロッパから帰国した翌日だぞ。 疲れてるのに、わざわざ都心まで行って」
 まだ私たちのことつけ回して、調べさせてるんだ。 木工教室のことも詳しく知ってるし──語るに落ちる秀紀のグチを聞くと、香南はいらいらしてきた。
「あなたの奥さんと行矢さん、もともと友達なんでしょう?」
「あいつが追いかけてたんだよ。 江実のほうは全然」
「会って旅行のお土産でも渡してたんじゃない? 食事したぐらいで怒らなくてもいいと思うけど」
「いやそれが……普段なら頼まれたって、のこのこ会いに行くような江実じゃないんだ。 たださ、ちょっと喧嘩しちゃって」
「新婚旅行で?」
「終わりのほうでな。 だから腹いせで、昔ちやほやしてくれた男の誘いに乗っちゃうんじゃないかと」
「信じらんない!」
 反射的に、香南は叫んでしまった。










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