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表紙

crimson sunrise
―100―


「結婚指輪もらった?」
「うん、婚約指輪も」
 証明しなくてはいけない気がして、香南は立ち上がってクローぜットの引き出しから二つの小箱を持ってきた。
 豪華な婚約指輪に、桜は感心した。
「綺麗なデザイン。 立派ね。
 それにこっちのも。 裏に彫ってあるんだ。 From Y to K with Love…… わぁ、いいな。
 ねえ、これ嵌めたほうがいいよ。 新しい仕事の関係で外してるの?」
「そうじゃないけど」
 言葉を濁しているうちに、香南は侘しくなってきた。 同じ質問を、木工教室の仲間にされたことがある。 そのときは、まだ若いからシングルに見せたいんじゃない? という笑い話に終わったが。
 実際は、蔦生が嵌めないので香南もつけないのだった。 部下の使い込みで半謹慎状態だから、正式発表はもう少し後で、と彼は言った。
 カウチにちょこんと座って、手土産に持ってきたインスタント・ラテをさっそく飲んでいた桜は、首を少しかしげて香南を観察したあげく、気遣うような口調になった。
「まあ、ね。 指輪なんて形式だからね。 心が繋がってればいいのよ」
「うん、そうね」
「幸せそうだよ〜。 顔がホワーンってなってる」
 どうかな。
 香南は自信が持てなくなってきていた。


 籍を入れても元のアパートに住み続けているため、結婚相手の『蔦生行矢さん』は財産家だと言いそびれた。 秋まで夫の正体は黙っておこう、と香南は腹をくくり、しばらくおしゃべりした後、桜を駅まで歩いて見送った。
「二十三で花嫁か。 いいな〜」
「故郷で、二十歳のとき結婚させられそうになったの。 だからこっちへ出てきたんだ」
「へぇ、そうだったの」
 桜は驚いていた。
「まさか、逃げたその相手が追っかけてきたんじゃないよね?」
「ちがうちがう。 それだったらまた逃げるよ〜」
 二人はケラケラ笑い合った。 最後に感情をはっきり出したことで、香南の心はいくらか落ち着き、帰り道の足取りは軽くなった。




 まだ空が明るい時間に、蔦生から電話があった。
「やっぱり今日は早く帰れなくなった」
「そう。 疲れるね」
「まったくだ。 なんか用意してたなら、ごめんな」
「大丈夫だよー。 仕事が終わったら、すぐ帰ってきてね。 なんか……心細いから」
 めったに弱音を吐かない香南だが、その夕方は、つい本心が口に出た。










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