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表紙

crimson sunrise
―96―


 香南は不安な気持ちになった。 後を追っていこうかとも思ったが、新しい靴で出かけたためか足首が痛んで、また階段を下りるのかと思うと動けなかった。


 五分と経たずに、蔦生は姿を消したのと同じ角から現れ、階段を駆け上ってきた。 両手は空になっていた。
「何が入ってた?」
 香南が小声で訊くと、蔦生はムッとした表情になって、短く答えた。
「汚ねえ人形」
 彼が粗い言葉を使うのは珍しい。 よほど怒っているのだと想像できた。 せっかく楽しく帰ってきたのに、また嫌がらせか──香南はうんざりしたが、空気を暗くしたくなくて、わざと軽く尋ねた。
「私の顔写真が貼ってあったとか?」
「いや」
 そう短く言った後は、蔦生はてこでも中身を教えてくれなかった。




 香南の部屋へ入ると、蔦生は魔法のように気分を変え、すっかり明るくなって香南をバスルームに押し込んだ。
 一畳半しかないから本当に狭い。 百八十センチを超える大男とわいわいやっているうちに、香南は改めて汗をかいてしまった。


 フード付きのバスローブを着込んで、髪を拭いている香南に、バスタオルを腰に巻いた蔦生が声を掛けた。
「先に髪乾かしな」
「いいよー長くなるから。 行矢さんどーぞ」
「じゃお言葉に甘えて」
 わざとかしこまって言うと、蔦生は香南のきゃしゃな折畳式ドライヤーを、目を寄せて調べた。
「ここがスイッチか…… お上品だな。 明日もう一つ買って、こっちに置こう」
「どんどん入りこんでくるねー、キミ」
 とたんに蔦生にウェストを掴まれた。
「そうだよ。 こっちも乗っ取ったんだ。 住民も一緒に」
 キスを交わしてから、香南は自分と同じボディソープの香りがする蔦生の胸に顔を埋めた。
「ねぇ」
「ん?」
「しばらくここに住んでても、私はいいよ」
 蔦生は少し体を離して、香南を眺めた。
「しばらくって、どのくらい?」
「ずっとでも」
 彼は気ぜわしく瞬〔まばた〕きした。
「新しい家、欲しくない?」
「欲しい」
 香南は急いで言った。
「だけど、ここも捨てがたいんだ。 初めて行矢さんに逢ったとこだし、短いけど思い出あるし」
 ゆっくり二度頷いて、蔦生は少し考えていたが、やがて大きい笑みを浮かべた。
「じゃあさ、しばらくいることにして、その間に、どんな家がいいか二人で希望を出し合おう」
 香南は目を輝かせた。










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