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表紙

crimson sunrise
―94―


 披露宴の日取りが決まったらすぐ知らせるということと、東京へ来る機会があったらいつでも寄ってくれという誘いを告げて、蔦生と香南は里口家を後にした。 兄の治は、あらためて家に戻ってもっと話したい様子だったが、仕事が待っていると言われれば引き止めるわけにはいかなかった。


 それでも、家族はぞろぞろとバス停留所まで付いてきた。 目立つので、内心香南は閉口した。
 母は、わざとゆっくり歩いて、香南を一行から少し遅らせた。 そして、前に声が届かないところまで後退すると、小声で話し出した。
「びっくりしたー。 ほんとに肝が潰れたわ。 なに、あの凄い婿さんは〜」
「ごめん」
 香南は神妙に詫びた。
「実は私もよくわかんないの。 バタバタッと入籍まで進んじゃって」
「上等なもの着て、若いのに風格まであるけど、世間でいう青年実業家なの? 赤坂なんとかみたいなところに住んでて、投資で儲けたような?」
「ちがう。 もう投資ではそんなに金持ちになれないと思うよ。
 つ……行矢さんは、ちゃんとした会社の重役してるの。 最初の奥さんが、そこの社長の娘で」
「再婚?」
「そう」
 母は、やっと少し納得できたという表情になった。
「今でもそこに勤めてるってことは、生き別れじゃないのね?」
「うん。 車の事故」
「死に別れは、後妻にはきついよ。 前の奥さんの思い出があるから」
 その点は、たぶん大丈夫だ、と、香南は思った。 問題は先妻じゃない。 まだヨーロッパを旅しているかもしれない別の女性だ。
「前のは政略結婚だったみたいだから」
「かもね。 大事にしてくれる?」
「とても」
 香南は力を込めて言った。 それを聞くと、母は娘の腕に手をからませ、小さく溜息をついた。
「ま、あんたには幸せになってもらいたいわ。 一人外に出て苦労したんだから。
 兄ちゃんなんてお父さんの紹介で就職して、のうのうとしてるから、気がきかなくてね。 由加里ちゃんが流産したときも、自分のほうがパニックになっちゃって、役に立たないったらないの」
 香南は驚いた。
「あ……、赤ちゃん、生まれなかった?」
「うん」
 母は一段と声を落とした。
「こっちも楽しみにしてたから、なんか寂しい。 それっきりできないしね」
「まだ二年じゃない〜。 ぜんぜん大丈夫だよ」
「それがね、近所の人の話ではそうでもないらしいの。 不妊治療したらどうかって言われちゃって」
 香南の心に影が差した。 母が孫を欲しい気持ちはわかる。 でも、素直に義理の両親との同居を承知した由加里が、そのために負担をかけられるのはどうにも気の毒だった。











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