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表紙

crimson sunrise
―93―


 その後、由加里はさっき放り出したままの園芸用具を片付けに、庭へ行った。
 香南が和室に戻ると、母が振り向いて情けない声を出した。
「ちょっとー、もう帰っちゃうんだって? お昼一緒に食べて、お父さんたちが戻ってくるまでいてよ〜」
「うん、でも会いたかったのはお母さんだし、明日からまた仕事だから」
「それにしても、来てから一時間も経ってないじゃない」
 母は、久しぶりに直接会った一人だけの娘と、じっくり話をしたい様子だった。
 だが、香南は兄や父と顔を合わせたくなかった。 町を出るとき、見送りに来てくれたのは母と由加里だけだったし、毎年出す父への年賀状も、返事は来なかった。
 義理を欠いたと怒り続けているのなら、別の男性と結婚して里帰りしたと知ったら、ますますツムジを曲げて不機嫌になるだろう。 香南の大事な人に八つ当たりしかねない。
 困っている香南を見て、蔦生が口添えした。
「落ち着いたら秋に披露宴をする予定なんです。  お義父さんとお義兄さんがお留守で残念ですが、その際にじっくりお会いできればと思います。
 今日は快く迎えてくださってありがたかったです。 披露宴の支度や何かで、この人にアドバイスをよろしくお願いします」
「はい、もう喜んで。 それにしても、お父さんは休日出勤だけど、治〔おさむ〕は犬を散歩に連れてっただけなんですよ。 遅いわねぇ、ほんとに」
 途中で寄り道しているのだろうと、香南は察した。


 母と由加里は、北風が吹きすさぶ中を門まで送りに出てきた。
 そこへ、ハアハア言いながら、犬のラーともつれるようにして、兄の治が駆け込んできた。 そして、押し出しの立派な蔦生と顔を合わせたとたん、唐突に立ち止まった。
「あ、どうも」
 声が頼りない。 明らかに圧倒されているようだ。 兄の態度から見て、兄嫁の由加里が庭に出ている間に、携帯で妹夫婦の突然の訪問を伝えたらしかった。
 香南は小声で、蔦生に告げた。
「これが治兄さん」
「そう」
 蔦生は頭を下げ、深く響く声で言った。
「蔦生行矢です。 このたび妹さんと結婚したので、ご挨拶に」
「はあ。 そうですか」
 そのとき風向きが変わり、ラーが香南の匂いに気づいた。 大喜びで駆け寄った茶と白のぶち犬は、屈みこんで頭を撫でる香南に甘えまくったあげく、後ろ足で立ち上がって、淡い色のパンツスーツに前足でよじ昇ろうとした。
 慌てた治が綱を引っ張ると、ラーはねじれながらわめき声を上げた。 そして、ぐいと四つ足を突っ張って首輪からすっぽりと抜け、香南に飛びかかった。
 騒ぎを収めたのは、結局蔦生だった。 小ぶりな中型犬がジャンプした瞬間、絶妙のタイミングでラーを捕らえ、胴に手を回してかかえ込んだ。
 彼の抱き方が気に入ったらしく、ラーはゼーゼー言いながら舌を出し、盛んに顔をなめようとした。 蔦生は犬にべたべたされても平気で、喉の下を掻いてやってから、治に手渡した。
 治は汗を噴き出させて赤くなっているし、由加里はくすくす笑っていた。 そして母は感心した表情で、蔦生と香南の顔を交互に見ていた。











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