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表紙

crimson sunrise
―91―


 駅から実家までは、タクシーで行った。 できるだけ近所の人と顔を合わせたくなかったのだ。 どうせ噂になるだろうが、それは帰った後のほうがいい。
 着いたのは、朝の九時過ぎだった。 車から降りて、二人で並んで歩いていくと、ストレッチジーンズ姿の若い女性が、庭の端にしゃがみこんで草むしりをしていた。 兄の治〔おさむ〕の奥さんだった。
 二人が近づいてくるのに気づいて、彼女は顔を上げた。 そして、大きく目を見張り、あわてて立ち上がった。
「香南ちゃん!」
「おはようございます。 ご無沙汰してます、お義姉さん」
 やや硬い表情で、香南はきちんと挨拶した。 すると、義姉の由加里〔ゆかり〕は慌てた様子で、汚れた園芸手袋を取り、探るように香南の隣に立つ蔦生を眺めた。
「本当しばらくぶり。 それで……」
「あ、この人と結婚しました。 それで挨拶に」


 由加里の手から、ポロッと手袋が落ちた。
「け結婚?」
 よっぽど驚いたらしく、声がワウった。 蔦生は落ち着いた深い声で自己紹介した。
「蔦生行矢です。 初めまして」
「ははい、あの」
 由加里は激しく瞬きした。 どうしても蔦生の顔から視線を外せないらしい。 穴のあくほど見つめ続けた。 蔦生も目を逸らさず、穏やかに見返した。
「ご両親はご在宅ですか?」
「はい……いえ、義父〔ちち〕は仕事で出てます。 義母〔はは〕はいると思いますけど」
 そこでようやく我に返ったらしく、ばたばたと母屋へ戻りかけた。
「知らせてきます。 どうぞ玄関からお入りになって」


 二人は静かに玄関へ向かった。 中は以前通りきちんと片付けられていて、大人用のサンダルが横のネット棚に三足並んでいた。
 子供用の履物はない。 兄夫婦はできちゃった結婚だったので、香南は不思議に思った。
 靴を脱いで前向きに揃えていると、廊下を足音が近づいてきて、母が姿を現わした。
 母も驚きが全身に出ていて、口が開いている。 上がりかまちから一礼した蔦生を見て、ショックが強まったようだった。
「まあまあ! こんにちは。 何て言ったらいいのかしら、こういうとき」
「こちらへどうぞ。 散らかってますけど」
 母の背後から顔を覗かせて、兄嫁が口早に言った。


 家族団欒の場にしている十畳の和室へ、二人は通された。 急いで引っ張り出してきたらしい上等な座卓の前に、真新しい座布団が四枚並べてある。 蔦生は座布団を外して下座へ着こうとしたが、母が腕を取らんばかりにして上座へ座らせてしまった。
「きちんとしておられるのね。 でも遠慮しないで、こっちへ」
「では失礼します」
 移動しながら、彼はさりげなく香南の手を握り、横に寄り添って座った。
 すぐに由加里がお茶を運んできた。 香南は、土産に買ってきた菓子の詰め合わせを紙袋から出して、渡した。
 前に並んだ二人を眺めて、母はいくらかあやふやな声を出した。
「それにしても、急なお話だったのね」
「はい、僕のほうが急がせちゃって」
 そういうと、蔦生は淡く微笑んだ。
 











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