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表紙

crimson sunrise
―89―


 人なつっこい香南には、すぐ話し相手ができた。 三十代の元気なパートタイマーと、四十代の陽気な主婦だ。 この二人は前から親しかったらしく、どちらも香南が気に入って仲間に入れてくれた形だった。


 教室は、交通の便のいい中野にあった。 場所は雑居ビルの五階で、そこの一階へ降りていくと、スーパーマーケットと弁当屋とコーヒーハウスがエレベーターを取り巻くように店を並べていた。
「ちょっとお茶してく?」
と三十代の広井幸恵〔ひろい ゆきえ〕が言ったので、香南も二人と共にコーヒー店に入った。
 八畳ほどの小じんまりした店内では、様々なコーヒーだけでなく軽食も出すようで、ショーウィンドウにはプチシュークリームやアイス、ミニピザなどが並んでいた。
 それを見て、香南は思い出した。 今日はまだミルク一杯しかお腹に入れていない。 朝は食欲が湧かなかったが、今はカレー大盛りでも食べられそうだった。
「美味しそうなフレンチトースト」
 香南が舌なめずりしそうな声で呟いたため、幸恵と立花千寿〔たちばな ちず〕は同時に表情を崩した。
「胃が元気ねぇ」
「若いからね」
「えっと、朝抜きだったから」
 香南は急いで弁解した。 すると二人は真顔になった。 千寿が人生の先輩らしい口調で言った。
「食事を抜くと、太るって」
「そうなの?」
 驚いたのは香南ではなく、幸恵のほうだった。
「私、よく抜くのよ。 木工の仕上げとか庭の草抜きとか、やりだすと夢中になっちゃって」
「今はスタイルいいけどね、そのうち」
「やめてよー、脅かさないで」
 二人が仲良く言い合っている間に、香南はメニューを見てバラエティ・サンドイッチに決めた。


 他の二人も、手軽だからと同じものにした。 そして、香南の皿に一切れずつ余分に載せた。
 どっちも気さくで庶民的だが、話しているうちに、中流以上の暮らしをしていることが、なんとなくわかってきた。 千寿の家には車が二台あるそうだし、パートだと言っていた幸恵は、夫が何かのチェーン店のオーナーらしかった。
 二人はあまり自分のことを言わないし、香南に立ち入ったことを聞いたりもしなかった。 だから香南も、新婚だと言っただけで、詳しい話はしないで済んだ。
 自家用車持ちの先輩たちだが、鉄道に近い教室には電車で来るということで、食べてコーヒーをお代わりしてダベりまくった三人は、のんびりと駅へ向かった。


 自宅近くの駅で降りた香南は、ご機嫌で帰ってきた。 女子にとって、おしゃべりは何よりもストレス解消になる。 久しぶりに同性と長時間話せて、香南は心の垢を根こそぎ落としたような気分だった。












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