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表紙

crimson sunrise
―88―


 家主と別れて門から出た後まもなく、蔦生から電話がかかってきた。
 香南はゆっくり道を歩きながら話した。
 彼の方も腹を立てていて、珍しく声がざらついていた。
「嫌な思いしただろう? 秀樹のクソ野郎、新婚旅行から帰ってきたら、しっかり仕返ししてやる」
「え? 彼なの?」
「決まってるよ。 前から人を雇って写真撮らせてたじゃないか」
 そう言われればそうだけど。
 香南には違和感があった。 ふつう一生一度の楽しいハネムーンの最中に、わざわざ匿名の手紙を送りつけたり、無言電話をしたりするだろうか。
 当の秀紀とは、一度顔を合わせただけだが、執念深いというより、短気で軽薄な印象を受けた。 それに、明らかに結婚を楽しみにしていた。
「でもね、探偵かなんかに調査させてたなら、私たちも結婚したってこと、なぜ知らなかったのかな」
「報告が遅れたんだろう。 外国をふらふら回ってるから」
 そうかもしれない。 香南はやや納得した。
「あの、嫌がらせのことなんだけど、昨日電話があったの」
 香南が説明すると、蔦生は怒って荒い鼻息を吐いた。
「まったく! 二重に許せない奴だ。 二度あることは三度あるっていうから、今度何かされたら、すぐ言うんだよ」
「わかった。 行矢さんには何もない?」
「例の使い込み以外は。 でも用心するよ。 まあ、正式に結婚したとわかれば、あいつもさすがに諦めるんじゃないかな。 そう願うよ、いいかげん」
 そこで声がフッと優しくなった。
「香南ちゃんが心配だな〜。 いっそ、バッグに詰めて連れ歩きたいな」
「いくら小柄でも、さすがに入らないよ」
 香南が茶化すと、電話の向こうで蔦生が低く笑った。
「声が明るくなった。 その調子」
「うん、心配しないで。 これから学校探しに行って、ついでに買い物してくる」
「そうか。 僕は仕事で、これから保谷〔ほうや〕に行く。 できるだけ早く帰る」
「晩御飯は任せて」
「お、作るの?」
「作れるよ〜。 ちゃんとした料理」
「楽しみだ。 じゃ、気をつけて」
「行矢さんも」
 携帯を切ったとき、香南は曇りのない笑顔になっていた。




 一口に習い事といっても、凄い数があるし、バラエティーに富んでいる。 香南は、目星をつけた建物を四箇所ほど回り、フラワーアレンジメントや人形作り、ステンドグラス製作、英会話などを見学してパンフレットを貰ったあげく、木工細工のクラスに試験入学した。
 その教室が広くて明るく、女の先生がさっぱりした話し方で感じがよかったのに加え、教わることが実用的だったからだ。
 生徒たちも、普段着で工具を使っていて、解放的な雰囲気だった。 年齢は様々。 失敗すると大声で回りに知らせたりして、まるで気取りがない。
 初心者コースに混ぜてもらって、写真立てを二時間ほどで完成させた後、香南はこのクラスに正式に入会することにした。









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