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表紙

crimson sunrise
―82―


 翌朝、香南が目覚めると、すぐ横に夫の胸があって、ゆっくり息づいていた。
 これだけで嬉しくなれるのだから、新婚はいい。 香南は彼の左肩に横顔をくっつけ、もう一度目を閉じた。
 すると、骨伝導でいくらか濁りの入った声が響いてきた。
「昨日、なんかあった?」
 香南は驚いた。 大きく目を開けて蔦生を見上げると、真面目な顔が見下ろしていた。
「珍しく寝相が悪くてさ。 それにさっき、ちょっとうなされてたし」
「ああ……いや……」
 たかがいたずら電話ぐらいで、と、香南は照れくさくなった。
「ちょっとね、変な電話が来たんだ」


 説明を聞き終わった後、蔦生はあっさり言った。
「着メロか着うたにすれば?」
「うん。 前はいろいろ凝ってたんだけど、最近は面倒になって」
 そこで香南は気づいた。
「私が着信音だけにしてるって、知ってる相手だ」
「そうだな」
「身近にいるってこと? いやだぁ」
「そうとも限らないよ。 人から話を聞いたのかも」
「うん……」
 ともかく間接的にしろ、香南を直に知っている人間から伝わったのだ。 気持ちが悪かった。
 片肘をついて頭を支えると、蔦生は考え込む表情で言った。
「ただのいたずらじゃないような、妙な気配を感じたんだよな、きっと。 とりあえず、非通知には出ないようにして、もう一台買うといいよ。 僕は三つ持ってる」
「三つも!」
 ごちゃごちゃにならないかな、と、香南は思った。




 起き上がった後、昨日買って来たマフィンとハムサラダを並べている間に、蔦生がミルクたっぷりの紅茶を入れた。
 小さなテーブルで大きな蔦生と朝食を取っていると、ままごとをしているようだ。 ユーモラスな気分になって、香南は夫に尋ねた。
「おままごとして遊んだことある?」
 蔦生の顔が上がった。 顎に力が入り、頬がそげたようになった。
「ああ。 妹に引っ張りこまれて」
 やばい。
 香南はまた、地雷を踏んだのに気づいた。
 だが、今度は止めなかった。 封じ込めた記憶は、いつまでも痛みを伴う。 少しずつでも人に話したほうが、悲しみを和らげる手段になるかもしれない。
「いくつぐらいのとき?」
 明るく聞き返されたためか、蔦生の表情がいくらかほぐれた。
「たぶん七つか、それぐらいだな」
「お父さんさせられた? それとも彼氏?」
「いや、コックだったぞ確か。 本物の小型みたいな包丁で雑草切れって言われて、野菜スープが何たらかんたらで」
 香南は吹いた。
「お兄さんコキ使いたかったんだ〜」
「たぶんな」
 部屋の空気が明るくなったところで、蔦生はテーブル上の空の食器を脇に寄せ、傍らに置いてあったビジネスバッグからバインダーを取り出した。
「さて、と。 僕たちはままごとじゃなく、本物の夫婦になったわけだから、家庭の基礎をきちんとしておこうと思うんだ」









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