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表紙

crimson sunrise
―81―


  最初の電話がかかってきたのは、翌日の午後だった。
 アパートの両隣と下が仕事で出払ったので、その火曜の午前中、香南は掃除機の音を気にせずに、時間をゆっくりかけて自分の部屋を掃除した。
 干してフカフカになった敷布団を取り込んでから、風呂を使い、ハミングしながらバスタオルを巻いて出てきた。
 髪を乾かした後、携帯を見ると、午後の一時をちょっと回ったあたりだった。 買い物がてら、ファーストフードでも食べてくるかな、と服選びを始めたとき、電話が鳴った。


 非通知、と出た画面を、香南は眉を寄せて眺めた。 どうせコスメの勧誘かなにかだろう。 友達や派遣会社なら、必ず名前を出す。 もちろん蔦生も。
 香南は、少し待ってみた。 すると、コール音は五回で止んだ。
 やっぱりセールスだ。 香南は携帯をバッグに入れて、ハンガーの前に戻った。
 とたんに、電話がまた鳴り出した。


 今度も非通知だった。
 同じ相手だろうか。 香南は、待つことにした。 今度は、六回鳴って止まった。


 ローウェストのオーバードレスをハンガーから外すと同時に、電話が再び来た。 予想していたので、服をベッドの上に広げながら待った。
 コールの回数は、七回だった。


 三十秒ほど間を置いて、相手はかけ直してくる。 この様子だと、いつまで続けるかわからない。 香南はつかつかとバッグに近寄り、携帯を引っ張り出して、電源を切った。
 選んだトップとボトムをベッドに並べて、コーディネートを確かめながらも、香南の心は波立っていた。
 変質者からのいたずら電話だろうか。
 それとも、蔦生秀紀の新しい嫌がらせか。




 そんなわけで、夕方、ショッピングから帰ってきたばかりで電話がかかってきたとき、香南はちょっと身構えた。
 だが今度は心配なかった。 かけてきたのは蔦生だった。
「あ、香南? 今渋谷駅にいるんだけど、これから仕事が入っちゃったんだ。 遅くなりそうだから、先に寝てて」
「わかった。 帰り道、気つけてね」
「香南も戸締り忘れるなよ〜。 じゃ」
「じゃね〜」
 笑顔で電話を切った後、香南は心細くなった。 妙ないたずら電話があった日なので、今日は早く帰ってきてほしかった。
「何ガキみたいなこと言ってるのよー」
 香南は小声を出して、自分を叱った。 以前にモノホンの変態男に住所を知られ、付きまとわれたことがあった。 すぐに引っ越して事なきを得たが、そんなに怯えたりしなかった。 都会で一人暮らしをする度胸が、しっかり据わっていたからだ。
 なのに、結婚して夫ができたとたん、ささいなことで頼りたくなる。

 私ってこんなに甘えんぼだったか? 香南は自分にあきれて、強く首を振った。









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