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―75―
翌日、薄曇の空の下、蔦生の車で出発した二人は、午前中に早々と手続きをすませた。 香南が家族とまずくなって、本籍をこっちへ移していたのが役に立った。
役所から出てきて、蔦生は玄関前に立つなり、両腕を大きく掲げて伸びをした。
「あーっ、なんか背が高くなったような気がする」
最初の結婚ではどうだったの? と訊きたいところを、香南は自制した。 せっかくのめでたい日を、先妻の思い出で複雑にしたくなかった。
腕を下ろすとすぐ、蔦生は香南の肩を抱いて駐車場に回った。
「急いじゃったから、この後どうするか考えてないけど、どこか行きたいところある?」
香南のほうも、手続きで精一杯で、他は何も頭になかった。
「ううん。 お嫁さんになったっていうのが、まだ信じられなくて」
「実感はないだろうな。 式をしてないから」
そこで蔦生は思いついた。
「日曜の十時過ぎか。 店はどこも開いてるよな、きっと。 ブライダル関係のところに行って、どういうのがいいかリサーチしてみようか」
「あ……素敵、だけど」
「だけど?」
前の婚約者に引きずられるようにブライダルホールへ連れていかれたことを、香南は苦く思い出した。 彼女が乗り気でないため、彼はずっといらいらしていて、ほぼ独り決めで会場を選んだのだ。
そのことが、香南の家出の直接原因になった。 式場を勝手に選ぶなんて最悪だ。 そこまで彼の気持ちが追い詰められていたのは事実だろうが、それにしてもやり過ぎだった。
「私の意見も聞いてくれる?」
蔦生は、きょとんとした表情になった。
「当然だろう? というより、君のしたいようにするつもりだよ。 式の主役は花嫁なんだから」
うわ、180度違う。
不意に目頭が熱くなって、香南は横を向いてごまかした。 そして、ふざけて蔦生のジャケットを軽く引っ張った。
「いいの? 調子に乗って勝手なことし出したらどうする? バルーン千個飛ばすとか、マイクロミニのドレス作っちゃうとか」
「作りな、どんどん。 ただし、式で着るなよ〜。 家で着るなら大歓迎」
二人は顔を見合わせて、同時に笑い出した。
そこから、不意に気持ちが乗って、楽しくなった。 二人は車を都心に向け、ナビで調べては、あちこちのブライダルショップに行った。 まずショーウィンドーを車内から眺めて、気に入った数店に入った。
その合間に、食事もした。 ぐるりと窓になっていて景色が一望できるスカイレストランで、びっくりするほどおいしいシャンパンを飲んだ。
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