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表紙

crimson sunrise
―72―


   その日は、しゃくにさわるほどきれいな晴天だった。 空にはほぼ雲一つなく、気温は二十三度前後。 時折、さわやかな風が吹き渡っていた。
 花嫁の吉田江実という人は、きっと運がいいんだ、と香南は思った。 ずっと前から決めていた結婚式の日が、こんなに上天気だなんて。
 電車の中で式次第を読み返すと、庭にあるチャペルで誓いをしてから、庭園でブーケトスを行ない、披露宴会場へ入る予定になっていた。 雨天なら中の通路だが、快晴なので庭園で花嫁の姿を見られる。 香南は時間を確かめてから、封筒を再びバッグにしまった。


 庭園は低い生垣に囲まれていて、その上に銀色のフェンスが高く取り付けられていた。
 生垣のすぐ外側に階段があり、花壇コーナーになっていた。 香南は近くの店からタコスを買ってきて、大きな花壇の縁に座り、おやつを食べているように装った。
 目深に引き下ろしたキャスケット帽の下から、庭園をちらちらと観察していると、やがて白い扉が大きく開け放たれて、陽光の下に新郎新婦が登場した。
 花嫁は、非常にスタイルがよかった。 斜めにトレーンを引いて体に巻きつくようなウェディングドレスが、ぴたりと決まっている。 全身はよく見えたが、庭園が広すぎて顔ははっきりわからなかった。
 しかし、仕事でイベント会場に行くことの多い香南は、常備品としてばっちり用意してあった。 小型ながら遠くまで見通すことのできるミニのオペラグラスだ。 しかもこれは、眼鏡の形をしていて両手を自由に使えるという優れものだった。
 香南のいる道は、階段があるから車が通行できず、人通りはまばらだった。 それで、誰も歩いていないときを狙って、香南は晴れやかに降りてくる花嫁を観察した。


 最初に視野に飛びこんできたのは、天使の羽のようになびくレースのストールだった。 わずか顔を上げて、香南は花嫁の顔に焦点を合わせた。 そして、秀紀の自慢が大げさではなかったことを確認した。
 吉田江実から蔦生江実に代わったばかりの新婦は、本当に美しかった。


 長く見る必要はなかった。 誰かに怪しまれる前に、香南は花壇を構成しているコンテナの縁に座り直し、残りのタコスを平らげて、さっさと歩き出した。


 花嫁は、ベビーブルーとピンクのフラワーガールを両脇に従えて、雲を踏むような足取りで段を降りてきた。 洗練された歩き方で、自信にあふれていた。
 ちょっと高ビーな感じだったけどな、と香南は胸の中で呟き、そんな自分をすぐにたしなめた。
──あら探ししちゃいけない。 妬みだと思われちゃう。 もう人の奥さんなんだから──
 でもやっぱり、彼女に蔦生さんが振られたのかと思うと、むかついた。









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