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確かに、香南は逃げたい気分だった。
偽物の何とかオフィサー『高島尚美』と対決したときは、まだ気持ちの余裕があった。 だが、この神経質そうでいて傲慢な男の言葉には、はっきりした自信が感じられた。
これ以上馬鹿にされていると、本当に落ち込みそうだ。 香南はバッグを持ち直し、ツンと顎を上げて、目星をつけておいた細い横道へすたすたと歩み寄った。
車はすぐ、低い唸りを上げて追いついてきた。
腹を立てるより、むしろ面白がった声が聞こえた。
「実は、明日の午後、僕と江実は結婚するんだ。 知ってた?」
そんなの、知るわけない。 香南は足を速めた。
声はいっそう楽しげになった。
「もちろん行矢も出席するよ。 辛いだろうな。 気持ちがぐちゃぐちゃになってるよ、今ごろは。
そんなことないと思ってるんだろう? 愛してるよーなんていう、あいつの出まかせを信じたいって。 ただの身代わりに使われただけだなんて考えたくないよな、そりゃ誰だって」
言わせておけば、どこまでも調子に乗って!
あと二歩で横道に入るというところだったが、香南は激怒して振り返った。
「あなたに蔦生さんの本心がわかるの? 友達でもないくせにエラそーに!
あのね、初めて逢って五分話しただけだけど、私なら蔦生さんを振ってあなたを選ぶなんて、絶対ないわ!!」
秀紀のニヤニヤ笑いが凍りついた。
いい気味だと思いながら、香南は素早く横道に逃げ込む準備をした。
一瞬、車から降りてくるかなと不安になったが、秀紀はドアに手をかけようとしたところで気を変えて、広い座席に寄りかかると横目で香南を見すえた。
「蔦生さんなんて呼んでるのか? まだ?
蔦生さんは僕だよ。 あいつは入江だ。 とっとと元の名前に戻りゃいいんだ。 婿養子になっただけなんだから」
「じゃ、さよなら。 もう一人の蔦生さん」
できるだけ意地悪っぽく言って、香南は角を曲がった。
その背中に、何かがぶつかった。 カッとなって、香南はピョンと飛んで半回転した。
「何すんのよ!」
「式の招待状だよ」
秀紀も噛み付くように怒鳴り返した。
「来て、自分の目で確かめてみろよ! その度胸があるなら!
あいつは芝居がうまいが、それでも悲しむだろうよ。 あいつのこと、よく知ってるんだろう? 僕よりずっと詳しいらしいじゃないか。 ゴージャスな花嫁と、自分を比べてみて、それでも上だと言えるもんなら、言ってみろ!」
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