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表紙

crimson sunrise
―68―


   これは聞き捨てならない。
 香南は姿勢を正し、両足を強く踏ん張って、まっすぐ蔦生秀紀を見つめ返した。
「何が言いたいの?」
 一瞬間を置いてから、秀紀は苦い笑いを浮かべた。
「おっ、強気だねぇ。 いいよ、教えてあげよう。 まず、これを見て」
 彼が内懐から引っ張り出したのは、キャビネ版ぐらいの大きめの写真だった。
 香南のほうへ掲げながらゆっくり縦にすると、若い女性のクローズアップになった。 その顔に見覚えがあったので、香南は思わず前に身を乗り出した。
 もしかして、私……?


 秀紀の苦笑いに、皮肉めいた色が混じった。
「似てるだろ? こうやって傍で見ても、クリソツと言えるな」
 困惑しながら、香南は体を引いた。 顔立ちは確かによく似ているが、写真の女性は髪型が違った。 香南より長く、右へ流して細かくカールさせている。
「誰の写真?」
 香南が用心しつつ訊くと、秀紀は歯を見せて本格的に笑った。
「吉田江実〔よしだ えみ〕。 俺があいつから横取りした」


 香南の頭の芯が、小さく引きつれた。
 だがまだ、どうってことはなかった。 仕事で大きく負けている秀紀のことだ。 ライバル心で色んな妨害工作をして、私生活でも蔦生行矢の不幸を願うだろう。 そんな見えすいた罠に引っかかってたまるか。
 決意して顔を上げると、秀紀が哀れむような表情になっていた。
「かわいいだろ? 君とおんなじ。
 でも中身が違う。 ○○学園から××女子大を出て、ヨーロッパ留学してんだぜ。
 それに、家は大金持ちだ。 一流の製薬会社で、新薬の開発で株も上がってる」
「私に恋人の自慢しても意味ない」
 香南はそっけなく遮った。
「その人はその人。 私は私」
「実は顔も、君より上。 この写真は、写りが悪いけど君に似てるの選んだんだ」
 秀紀は、にやにやしながら言いつのった。
 香南はムッとしたが我慢して、彼のよく動く目から視線を外さなかった。
「それはよかったわね。 もう話がすんだんなら、行くわよ」
「逃げるのか?」
 秀紀の声が、静かな路地に高く響いた。
 






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