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表紙

crimson sunrise
―66―


   そうやってお昼までは、なかば夢うつつ状態で過ごした。
 彼が再婚だという事実は、ほとんど気にならなかった。 前のが一種の政略結婚だというのがはっきりしていたし、先妻が亡くなった後、彼が身の回り品を処分してしまったのを見ると、しみじみ思い出すような夫婦仲とは思えなかった。
 彼は昔が懐かしいんじゃないかな、と香南は感じていた。 普通サイズの家で、家族が肩を寄せ合って暮らし、泣いたり笑ったりして賑やかに過ぎていく日々が。
 そういう家庭なら、香南にも作れそうだった。 普通サイズの家はともかく。


 正午過ぎに、蔦生から電話があった。 使い込み男は確保されていて、逃げる心配はないそうだった。
「例によって、ギャンブルにつぎこんで使い切ったなんて言っているが、実際は大部分を安定的な優良企業に投資してた。 ほふり経由で半分以上取り戻せそうだよ」
「ほふり?」
「ああ、株券のペーパーレス化で、去年から株情報を握ってるところだ」
 よくわからないまま、香南は胸を撫で下ろした。
「じゃ、ひどい損害にはならないのね」
「ああ、たぶん」
「でも、余計な心配ができて忙しいんでしょう?」
「うん」
「それなのに電話ありがとう。 今夜会うのは諦めなくちゃだね?」
「うん……」
「無事にすむよう祈ってる」
「サンキュー。 じゃ、またかけるから」
「わかった」


 電話が切れた後、香南は両腕をぐーんと伸ばして、ベッドに倒れこんだ。
「よかった〜〜! もし妨害だったとしても、ガード成功だよ〜〜」
 明日には会える、たぶん。 彼の腕に飛び込んで、安心できる。
 幸せな気分にひたったとたん、猛烈にお腹が空いてきた。 インスタント食品なら揃っているが、狭い部屋の中で一人ぼっちで食べるのは、ワッと盛り上がった今の気分にふさわしくない。
 なんか暖かいものが食べたい。 不意に、駅前の立ち食いうどん屋に行きたくなった。 超庶民的な食事と買い物を楽しみに、香南はいそいそと着替えを始めた。
 もう、昨日の誘拐未遂なんか、ケロリと忘れていた。






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