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表紙

crimson sunrise
―64―


 手を握り合い、肩を寄せ合ったまま、香南は囁くように尋ねた。
「安田さんは口止め料を貰ってるのね」
「相当の額だろうな」
 蔦生が呟き返したとき、彼の携帯が低く鳴った。
「なんだ?」
 ふわっと香南を抱き寄せて、目の横にキスした後、蔦生はテーブルに投げ出すように置いてあった携帯を手に取った。


 電話は、思ったより長く続いた。
 蔦生はほとんど相槌を打つだけで、自分からはあまりしゃべらなかった。 その顔が次第に険しくなっていくのがわかって、香南はいくらか不安になった。
 何が起きたんだろう。


「わかった。 すぐ行く」
 そう答えると同時に、蔦生は電話を切った。 素早く立ち上がると、彼は香南を挟んでソファーの背もたれに両手を置き、深刻な表情で言った。
「やられたよ。 会社の金を使い込んだ奴が出た」
 それも秀紀の罠だろうか。 香南は緊張した。
「責任取らされる?」
「そんな大ごとにならないよう、うまく処理しなきゃな。 わるい、今から行ってくる」
 香南も急いで身を起こした。
「私も帰る。 近くの駅まで送ってくれる?」
 着替えをしに行こうとしていた蔦生の足が、ピタッと止まった。
「帰るの?」
「そうする。 この時期は、できるだけ目立たないようにしていたほうがいいと思う」
 蔦生は回れ右して戻ってきて、立ち上がった香南をムギュッと抱きしめた。
「君っていい子だな」
 香南は、彼の胸を気持ちいいと思いながら、口を尖らせた。
「子じゃないよ」
「うん。 一回り近く離れてると、つい」
 香南は彼の背中に手をすべらせた。 この騒ぎで、結婚話はうやむやになってしまうかもしれない。 それでもいいんだ、と香南は思った。 燃え上がった衝動で申し込んだのなら、頭を冷やして考えたほうがいい。 籍を入れた後、彼がだんだん離れていくほうが、よっぽど辛い。
 その無意識のためらいが、蔦生に伝わったのかもしれない。 彼は香南を軽く揺さぶり、馴れた虎のように頬ずりした。
「事情がわかったら、すぐ連絡する。 いいかい、事故のことを打ち明けた女は初めてなんだ。 君だけだ。 それだけ本気なんだから、君も覚悟しといてくれよ」






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