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―61―
香南はギクッとなった。
婚約者を後に残して出てきてから、二年と四ヶ月。 母はともかく、父と兄は今でも彼と友人付き合いしているらしい。
「あの……」
香南はためらいながら言った。
「実家には帰りにくいの。 喧嘩して出てきちゃって」
蔦生は彼女の顔をそっと引き寄せ、鼻の頭にキスした。
「修復不可能?」
「いや、そんなことはないと思うけど」
まだ顔を挟んだ手を離さずに、蔦生は囁いた。
「僕は再婚だが、君は初めてだろう? 親兄弟に祝福された幸せな花嫁にしたいんだ」
感激して、香南は鼻の奥がツーンとしてきた。
この人には思いやりがある。 相当苦労し、悩んだようだから、その中で身につけたのだろう。 もともと温かい性格らしいし。
「家族内に味方はいる?」
目立たぬように指先で、睫毛の先に引っかかった涙の粒を拭うと、香南は小声で答えた。
「お母さんとは時々話してる」
「「じゃ大丈夫だよ、たぶん」
そう言いながら、蔦生は両手を香南の首筋に添って伸ばし、強く抱きしめた。
「空き時間の予定が合ったら、二人で君の古里に行こう。 な?」
「うん」
居心地のいい男の胸の中で、香南は改めて驚いていた。 こんなにガラリと将来が変わることがあるのだろうか。 たった一夜の出来事で、これほどに?
食事の後、蔦生は食器を自動洗浄機に突っ込み、香南は携帯で紹介所に連絡した。
思った通り、今日の仕事はキャンセルになっていた。 相手は事務的に通達してきて、すぐ電話を切ったので、事情はわからないという。 香南は係の人に礼を言って携帯を置いた。
「やっぱり来なくていいって。 私にクレームなんかはつけてこなかったらしい」
「当然だ。 そんなことしたら僕が黙っちゃいない」
蔦生は香南をソファーに座らせて、自分も横にゆったりと腰をおろした。
「半日はのんびりできる。 何かしたいこと、ある?」
どうだろう。 急に言われても思いつかなかった。 彼のプライベートなことを訊いてみたかったが、まだ早すぎる気もする。 ちょっと考えた末に、香南は中間作戦を取った。
「えーと、蔦生さんをもうちょっと知りたいな。 話してもかまわないことだけ、教えてくれる?」
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