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表紙

crimson sunrise
―58―


 蔦生の言い方は、いつもの彼らしくなく浮ついて聞こえた。
 それが逆に、内容の深刻さを表しているような気がして、香南も意識的に軽く答えた。
「へえ、そうなんだ」
「そうだよ」
 蔦生は腹ばいになって、薄手の春用羽毛布団に横顔を乗せた。
「僕は十七歳の夏に目標を立てたんだ。 合法的にここの家族を支配してやるって。 そして、だいたいやりとげた。 思った以上にうまく行ったよ」
「ふうん」
 香南は驚かなかった。 穏やかに見える蔦生の内部に、実はマグマのようなエネルギーがたぎっていることを、香南は少し前に気づいていた。 たしか、彼が飼っていた犬の話をしていたときだった。
 蔦生は顔の位置を変え、香南に後頭部を向けた。 声がいくらか聞き取りにくくなった。
「でも、篤美〔あつみ〕との結婚は計画にはなかった。 向こうが言い出したんだ。 共犯者になろうって」
「共犯者?」
「ああ。 篤美は鋭い女だった。 あの家族で一番興味を持てるやつだったな」
 好きだった? と訊こうとして、香南はためらった。 共犯という響きが、心に引っかかった。
「篤美さんは、会社の実権を握りたかったの?」
 蔦生の頭が上がった。 驚いた、いくらか面白がっているような視線が、香南にそそがれた。
「君も結構ズバズバ言うな。 その通りだよ」
「二人で手を組んで、後妻さんの息子に対抗したかったのね。 今あなたの邪魔してる人と」
「そう、蔦生秀紀」
 人生は戦い、を地で行ってる。 蔦生は野心家には見えないが、あんがい出世欲の塊なのかもしれない。 男性の本能だから、香南には非難する気持ちはあまりなかった。
「その秀紀さんに、勝てそう?」
 蔦生は起き上がり、香南が開けようとして手こずっていたプリンの上蓋を、簡単に剥がした。
「今のところ、二馬身はぶっちぎってる」
「だから色んな手使って、足引っ張ろうとしてるのね」
 プリンを受け取ると、香南は付属のスプーンを探した。
「あれ、どこ行っちゃったかな?」
「ここ」
 二枚続きで包装されたプラスティックのスプーンを、蔦生は袋の中から探し出した。 そして香南に渡すとき、もう片方の手で首を引き寄せて、火のようなキスをした。






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