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表紙

crimson sunrise
―57―


 シャワーを浴びてすっきりした後、二人はカバーを外したベッドに座りこんで、香南が買い蔦生が運んできた食料を布団の上に広げた。
 香南は、蔦生のウエットスーツ風パジャマの上だけ着ていて、蔦生は下だけ穿いていた。 二人で一つのパジャマを分けっこするというのも、なかなか楽しかった。
 だぶだぶのボトムの袖を引っ張り上げて手首まで出して、香南は天むすを取り、包装紙を剥きはじめた。
 蔦生のほうはカツサンドの袋を平らに開き、二人の前に置いた。 背もたれと相手の体に半々に寄りかかって、二人は食事と甘い物をごちゃまぜに口に運びながら、とりとめのない会話を交わした。
「明日は休む?」
「そうなりそうね。 兼光って人のせいで」
 香南は渋い表情を作ってみせた。 蔦生は愉快そうに、くしゃっとなった香南の前髪を指でかき上げた。
「じゃ、デートしよう。 午後から本物のデート。 午前中は外せない用があるが、昼からは抜けられるから」
「あまりさぼっちゃだめですよ、社長さん」
 香南がふざけて睨むと、軽く髪の毛を引っ張られた。
「超まじめ人間。 ワーカホリック。 過労死するなよ。 明後日も仕事なんだろう?」
「八時に上野へ行く。 三日間トライアル期間で、合格したらしばらく常雇いになりそうなんだ」
「そりゃいいな。 毎日仕事場が違うと疲れるし、気も遣うだろうし」
「そうね」
 香南はにっこりして、チョコレートのたっぷりかかったエクレアを紙に包んで食べ出した。
 その様子を見ていた蔦生が、不意に言った。
「そういうとこ、好きなんだ」
「え?」
 香南が問い返すと、蔦生は腕を伸ばしてエクレアの紙に触れた。
「手が汚れない。 ケーキ屑も落ちない。 さりげなく、見てて気持ちがいい」
「ああ……」
 きまり悪いような、ドキドキするほど嬉しいような気持ちで、香南は彼の褒め言葉を受け止めた。 好き、というフレーズが、思わぬ強さで胸に食い込んできた。
 蔦生は、そのまま香南に腕を回して、頭と頭をくっつけた。
「車で送ってくよ」
「ありがとう」
「ほんとはここにいてほしい」
 そう言ってから、蔦生は思い直したように首を小刻みに横へ振った。
「いや、ここじゃないな。 この家は嫌だ」
 奥さんと仲良く過ごした場所だから?
 香南の胸をひやっとした風が吹き抜けかけたとき、蔦生が続きを言った。
「なんか言い方が正確じゃなかった。 この家が嫌なんだ。 昔から嫌いだった。 この部屋はましな方だが」
「どこが嫌いなの?」
 まだ警戒心は残っていたがホッとした気分で、香南は小声で尋ねた。
 答えは、少し経ってから戻ってきた。
「僕が乗っ取ったようなものだからかな?」






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