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表紙

crimson sunrise
―56―


 ほぼ同時に電気が消えて、周囲が闇に包まれた。
 目が慣れるまでに数秒かかった。 その間、運ばれていく香南の網膜に映っていたのは、ぼんやりと白い壁だけだった。
 ベッドに下ろされたとき、手の甲になめらかで冷やっとしたベッドカバーの感覚があった。 素材は絹のようだ。
 次いで、衣擦れの音がした。 香南も手をついて上半身を起こし、ボレロ風の短いジャケットを脱ごうとしたが、すぐに熱を帯びた手が伸びてきて、腕を押さえた。
「僕にやらせて」
 囁きも熱かった。 香南はこれまでにないぼうっとした気持ちで、ゆるやかに頷いた。


 身も心も委ねるというのは、初めての経験だった。
 婚約者のときは、いつも気が散って、虚しさが残った。 だが、蔦生の胸にいると、充足感が体の隅々にまで広がって、呼吸が楽になった。
 淡い暗がりの中で、二人は静かに揺れた。 メリーゴーラウンドに乗っているように、頭がゆっくり動く。 合間にキスを繰り返すたび、一体になったという喜びが強まった。
 こういう夜もあるんだ、と、香南は驚きと共に思った。 相手によって、同じことがまるで違う。 まるで魔法だった。
 初夏の宵に起こった、小さな魔法……


 普段の生活と同じく、蔦生は辛抱強かった。 香南が満足するまで、待っていてくれた。 やがて二人は、手をからませたまま仰向けになって横たわり、暴れる心臓の鼓動が次第に穏やかになっていくのを、無言で聴いた。
 何も言わずに、香南は蔦生の手を握る指に力を込めた。 蔦生もすぐに握り返した。 黙っていても、互いの快さが伝わった。


 それから、香南はけだるく起き上がり、爪先でスリッパを探した。 すると、蔦生がサッとベッドから降りて、再び軽々と香南を抱き上げ、部屋の対角線についたドアを肩で押し開けて、タイルの床に下ろした。
「後で一緒に入ってもいいかな」
 香南は二度こくこくと頷き、彼が照明のスイッチを押すと同時に、その顎の下にある温かい窪みに顔を埋めた。






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