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表紙

crimson sunrise
―55―


 ホールには出入り口が三箇所あり、奥の壁に沿って、ちゃんとした幕つきの舞台まで作られていた。
 音響効果をよくしてあるのだろう。 二人が床を斜めに横切っていくと、タップダンスのような乾いた足音が部屋に響いた。


 蔦生に導かれて扉を出た先は、ゆったりした廊下だった。 彼が照明をつけると、相当先までまっすぐに伸びているのがわかった。
「ここからはプライベートな住まいだから」と言って、蔦生は廊下に置かれたラックからスリッパを取って、香南の前に置き、自分も室内靴に履き替えた。
「突き当たりのドアは離れに通じてる。 使ってないから鍵をかけてるけど」
 使ってない部屋ばかりだ。 だだっ広い屋敷に一人暮らしの侘しさを、香南は感じ取った。


 十メートルほど進むと、直線だと思っていた廊下が枝分かれしていた。 左へ直角に曲がって二つ目が、蔦生の部屋だった。
「ここは亡くなった義父〔ちち〕の部屋でね、便利にできてるから離れから移ってきた」
 そう言いながらドアを開け、電気のスイッチを入れた。 すると、会社の重役室のような立派なオフィスが眼前に出現した。
「わ、凄い」
「ちょっと驚くよな」
 蔦生は苦笑ぎみに、中へ踏み込んだ。
「義父は初め、ここで会社をしてたんだ。 だから社長室だった」
 この部屋にもドアが三つあった。 廊下からの入り口を除くと、右が秘書室、左が寝室ということだった。
「週に二回、ハウスクリーニングの人が来る。 でも自分のことは自分でやってるから、この部屋はしょぼいよ」
 冗談めかした口調でも、寝室に入るとき、香南はやはり緊張した。


 寝室は、昭和レトロ風でもあり、究極の今風でもあった。 つまり、壁は最近体にいいと見直されている漆喰〔しっくい〕で白く塗られていて、床と腰壁は黒っぽい木が使われていた。 右の壁に並んだ箪笥とサイドボード、それにセミダブルベッドの金具部分はすべて黒だった。
 バルコニーへ出るガラス戸を、ベッドカバーと揃いの艶々した灰色のカーテンが覆っているのを見て、香南は思わず呟いた。
「ぜんぶモノトーン」
「余計な色があると疲れるんだ」
 低い声が返ってきた。
 それから、いきなりふわっと全身を抱き上げられた。






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