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表紙

crimson sunrise
―54―


 結局二人は、何も口に入れずに車へ向かった。 ただし、せっかく香南が持ってきてくれたのだからと、蔦生はその内のいくつかをバッグにしまって、後部座席に置いた。


 もう通りなれた道を、蔦生は素早くたどっていった。 明るい街を抜けていく仄暗い車内は、呼吸音が聞こえるほど静まり返っていた。
 黙って運転していく蔦生の左肩に、香南は軽くもたれて、両脇に飛び去っていく夜の景色を見るともなく眺めた。 自分がここにこうしているのが不思議だった。
 心に内側と外側があるとすれば、蔦生はこれまで香南を外側に止めていた。 親切だったが私生活は知らせず、名前も苗字しか教えてくれなかった。
 それが、初めて自宅へ招くという。 どういう心境の変化があったのか、香南にはわからなかったが、自分の信用度が高まったのは、なんとなく感じた。
 用心深い蔦生の心の壁が、一挙にほころびてきたようだった。


 十五分ほど車を走らせると、急に道の右側の灯りが減った。 どうやら広大な公園の横を抜けているらしい。 住宅街に入ってきたかな、と香南が思っていると、車はスッと横道に曲がり、間もなく停まった。


 リモコン操作で、高い塀の一部が開いた。 大きな車庫になっている。 開けると自動で照明が点いて、中の広さがよくわかった。
 車庫入れして扉を閉めてから、二人は降りた。 蔦生はバッグを肩にかけ、ちょっとした民家ぐらいありそうな車庫内を見渡している香南の手を取った。
「こっち」
 香南は喜んで、彼の大きな手に指をすべりこませた。
「広いね」
「前の社長がこの家建てたときには、地価が安かったから。 それに、仕事で使うトラックなんかもこの車庫に入れてたんで、大きいほうがよかったんだよ」
 前の社長とは、亡くなった夫人の父親、つまり義父なんだろうと、香南は推察した。
 二人は、ゆるやかに回っている螺旋階段を上った。 階段は一階を通り過ぎて二階につながっているようで、登り切ったところのドアを開けると、いきなりガラス張りの大きな広間になっていた。
「ここは友人や従業員をもてなすバールーム兼カラオケ部屋だったんだ。 僕は自宅に人を呼ばないようにしてるから、今じゃただのホールだが」
 そう言われれば、床がピカピカに磨きあげられてはいるが、二、三の家具の他は何も置かれてなくて、がらんとしていた。






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