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表紙

crimson sunrise
―51―


 無機質な白い壁に目を据えたまま、蔦生はしばらくじっとしていた。
 やがて黒ビールが身にしみわたってきて、気持ちが沈んだ。 蔦生の酒は、陽気になれない。 家族を失くしたどん底の時期に飲み始め、常に怒りを発散してきたせいだろう。
 楽しくないので、最近では仕事以外はほとんど飲まなくなっていた。 こうやって、たまにビールを口にするぐらいだが、それでさえ今夜は暗くなった。
 腹の底がじりじりするような気がする。 目を閉じると、薄闇の中に香南の顔が浮かんだ。 夕顔の花のようだ。 最初は笑みをたたえていたが、次第に真顔になっていく。 その変化が辛くて、蔦生は慌てて目を見開いた。


 チャイムが遠慮がちに、一度だけ鳴った。 蔦生は急いで身を起こすと、玄関に急いだ。
 ドアの向こうには、予想通り香南がいた。 目が合ったとたん、照れたような微笑を浮かべて、小型のスーパー袋を持ち上げて振ってみせた。
「お腹すいちゃって、買ってきたの。 一人で食べるのつまんないから、来ちゃった。 入っていい?」
「ああ、もちろん」
 息を吸い込むようにして、蔦生は答えた。


 香南はビッグクッションを床に置いて座り、袋から次々と容器を出して、おままごとのようにきちんと並べた。
「カツサンドに、肉まんに、プリン、天むす、エクレアに、ソーダせんべい。 お茶のペットでしょ、それからっと、ああ風船ガムだ。 飢えてるときに買い物行くもんじゃないわ〜。 全部おいしそうに見えるから、つい手が出て」
 ヤハハ、と、香南は楽しげに笑った。
「でも、こんだけあれば、どれか食べたいのあるでしょ?」


 気を遣ってくれてるんだ、と、蔦生は直感した。 ひどい目に遭ったのは香南なのに、事件の嫌な後味を中和しようとしてくれている。 部活の差し入れみたいなノリで。
 かわいいなあ、と心の底から思った瞬間、腕が勝手に伸びた。
 蔦生は床に膝をつき、香南を背後から抱きしめて、頭のてっぺんに頬ずりしていた。






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