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―50―
蔦生はアパートの一階の部屋に入り、電気をつけてから携帯の時刻表示を見た。
七時四十三分。
予想通りなら、今ごろ兼光は唾を飛ばして秀紀に事の成り行きを訴えているはずだ。 前から興奮しやすい女だった。 元はタレント志望で、演技力には自信があったのだろうが、今回は相手が悪かった。
二十二の小娘なんか、ちょっと怖がらせれば逃げ出すと思ったら、逆に見すかされて、相手にされなかったのだ。
そうなると、身元を偽っているだけに分が悪い。 カッとなって、秀紀のところへ連れて行こうとした……
──ドジったな、あいつ。 秀紀は気が小さいから、もしかすると切られるぞ──
同情はしなかった。 香南がさらわれかけたと聞いたとき、蔦生自身もあやうく平静を失いそうになったのだ。
あれはショックだった。 香南に危害が及んだこともだが、そのせいでくらくらするほど激しい怒りに見舞われたのに、自分で驚いた。
こんなに怒ったことは、しばらくなかった。 これほど生な感情を抱いて、活き活きしたことも。
俺は半分死んでたのかもしれないな、と、初めて思った。
食欲が湧かなかったので、ビールを飲みながら半時間ほど待った後、蔦生は電話に手を伸ばした。
相手は、しばらく出なかった。 だが、蔦生は鳴らし続け、終いに繋がった。
しぶしぶの声が、そっけなく尋ねた。
「なんか用か?」
「ああ、消火剤って、皮膚がかぶれるのかなと思って」
「消火剤? 何言ってるんだお前」
「多摩300、さ、46の○○。 これって兼光邦代さんのコルトだよな?」
「……だから何だ」
「白を切るのは勝手だが、今度彼女に危害が及ぶことがあったら、とても不愉快な事態になるぞ。 よく考えるんだな」
「脅迫か?」
「俺は予言してるだけだ。 今幸せなんだろう? 昔の女に借りを作ると、後が怖いと思うけどな」
「余計なお世話だ!」
また尻尾を出してる。 そこは否定するところだろう、と、蔦生は心の中で突っ込みを入れた。
「話はそれだけだ。 江実〔えみ〕さんによろしく」
電話はそれ以上答えず、一方的に切れた。
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