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表紙

crimson sunrise
―49―


 車は、アパートの門をくぐり、構内に入った。 駐車場では、二つ離れた区画で、一階の端に住む小笠原夫人が、トランクからカートを出し、二匹のシーズーを乗せていた。
 通路が狭いため、夫人が犬と通り過ぎるまで、蔦生はドアを開けなかった。 それで、もう少し質問する時間ができた。
「蔦生さんを邪魔する相手って、重役の一人?」
「子会社の社長。 それで、前の社長の息子。 と言っても、血はつながってない。 後妻の連れ子だから」
「前の社長は、その人より蔦生さんを後継者に選んだのね?」
「重役会も承認した。 今のところ、信任されてると思う」
「だから、でっちあげで足引っ張ろうとしてるんだ?」
「そういうこと」
 油断ならない環境だ。 そんな中で、蔦生が利害関係なしのフツーの女の子と、のんびりほっこりデザートを食べてくつろぎたいという気持ちになるのは、あながち不思議ではなかった。


 新たに知った情報をじっくり思い浮かべながら、香南は独り言のように呟いた。
「蔦生さん、よっぽどスキャンダルのネタがないのね?」
 笑いで、蔦生の肩が揺れた。
「ああ、嫁さんが生きているときは浮気したことないし、その後もまったく」
「奥さんをすごく愛してたんだ」
 蔦生は答えなかった。 ただ車のドアを開けて、降りようか、と言っただけだった。


 二人は、建物の階段の前で別れた。 これからちょっとすることがある、と蔦生は言った。
「あいつを絞めあげてやる。 やんわりと、だが確実に。 もう心配することはないよ」
「明日の予定がニュークリア・エンタテインメントだったの。 兼光っていう女の人が脅しにくるためのガセだったんなら、明日の仕事はキャンセルってことになるのかな?」
 蔦生の顔が厳しくなった。
「あいつら迷惑なことを。 うちの子会社がインチキな予約を入れたと言われて、信用を失くすじゃないか」
「朝、確かめてみる」
 笑顔を残して、香南が階段の一段目に足をかけたとき、不意に蔦生が袖に手をかけて引き止めた。
 じっと見つめる眼が、心持ち大きく見えた。
「まだデザート仲間だよな? もう面倒だからシカトってことには、ならないよな?」
「ならないよ」
 香南は、即座に答えた。






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