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表紙

crimson sunrise
―48―


 ちょっと意外な言葉だった。
 香南は戸惑い、額にふわりとかかった前髪越しに、蔦生の整然とした横顔を見上げた。
「そう思う?」
「ああ」
 蔦生は軽く唇を噛むと、左右を確認しながら、なめらかに車をカーブさせた。
「君の性格がわかってるようだ。 僕に迷惑がかかってると聞かされたら、自分から身を引くと思ったらしいな」
 香南は閉口した。
「身を引く〜? 昼メロかって話ね」
「まあ、そこまで極端じゃないにしても、君なら付き合うの遠慮しようかなと思うだろ?」
 香南は考えた。 確かに、もう彼の親切に甘えちゃいけないと決意するかもしれない。 というか、既に前から心配になっていた。
「友達なだけだって、はっきり伝えといたから。 名前も知らないのかって、向こうも驚いてた」
「名前? ああ、下の名前か」
「ユキヤっていうのね」
「そう。 旅行の行に、弓矢の矢」
「で、エンタープライズ・ツタオの重役さん」
「うん」
 そこで信号で停車した。 蔦生は背もたれに身を寄りかからせ、ステアリングにかけたままの腕を伸ばした。
「他に兼光は、なに話した?」
「それ以上は何も」
 香南は正直に答えた。
「ちょっと訊きたい気がしたけど」
「本人に聞きな」
 蔦生は静かに呟き、車を出した。 通りの風景が見慣れたものになっている。 もうじきアパートに着くと知って、香南は急いで尋ねた。
「今いくつ?」
「ああ、それが一番気になるのか」
 蔦生の頬に笑い皺ができた。
「三十三。 ジジィって言うなよ」
「今どき四十五十でも言わないよ」
「江戸時代の商人は、四十ぐらいで引退したって」
「それは平均寿命が短かったからでしょう?」
「たぶん」
 三十三か。 だいたい想像した年に近かった。
「質問はそれだけ?」
「ええっと、お父さんの会社を受け継いだの?」
「義理の父のだ」


 そうか、亡くなった奥さんの一族が創業者か……。 夫人を失って、蔦生の立場は微妙なものになっているのだろう。 香南は、思ったより彼が深刻な渦に巻き込まれているのを感じ取った。






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