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ちょっと意外な言葉だった。
香南は戸惑い、額にふわりとかかった前髪越しに、蔦生の整然とした横顔を見上げた。
「そう思う?」
「ああ」
蔦生は軽く唇を噛むと、左右を確認しながら、なめらかに車をカーブさせた。
「君の性格がわかってるようだ。 僕に迷惑がかかってると聞かされたら、自分から身を引くと思ったらしいな」
香南は閉口した。
「身を引く〜? 昼メロかって話ね」
「まあ、そこまで極端じゃないにしても、君なら付き合うの遠慮しようかなと思うだろ?」
香南は考えた。 確かに、もう彼の親切に甘えちゃいけないと決意するかもしれない。 というか、既に前から心配になっていた。
「友達なだけだって、はっきり伝えといたから。 名前も知らないのかって、向こうも驚いてた」
「名前? ああ、下の名前か」
「ユキヤっていうのね」
「そう。 旅行の行に、弓矢の矢」
「で、エンタープライズ・ツタオの重役さん」
「うん」
そこで信号で停車した。 蔦生は背もたれに身を寄りかからせ、ステアリングにかけたままの腕を伸ばした。
「他に兼光は、なに話した?」
「それ以上は何も」
香南は正直に答えた。
「ちょっと訊きたい気がしたけど」
「本人に聞きな」
蔦生は静かに呟き、車を出した。 通りの風景が見慣れたものになっている。 もうじきアパートに着くと知って、香南は急いで尋ねた。
「今いくつ?」
「ああ、それが一番気になるのか」
蔦生の頬に笑い皺ができた。
「三十三。 ジジィって言うなよ」
「今どき四十五十でも言わないよ」
「江戸時代の商人は、四十ぐらいで引退したって」
「それは平均寿命が短かったからでしょう?」
「たぶん」
三十三か。 だいたい想像した年に近かった。
「質問はそれだけ?」
「ええっと、お父さんの会社を受け継いだの?」
「義理の父のだ」
そうか、亡くなった奥さんの一族が創業者か……。 夫人を失って、蔦生の立場は微妙なものになっているのだろう。 香南は、思ったより彼が深刻な渦に巻き込まれているのを感じ取った。
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