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―46―
「その女、どんな顔してた?」
「顔……顔ね」
香南は眉の間に皺を寄せて、思い出そうとした。
「細い感じで、鼻がまっすぐだった。 茶色の眼鏡かけてて、目は、ええと」
「髪の長さは、肩ぐらいだった?」
「うん。 ちょっと染めて、カールさせてた」
「口が大きめだっただろう?」
蔦生には、『高島』が誰か見当がついているらしかった。 香南はちょっと考えて、その通りだと思った。
「わりと大きかった。 誰だかわかる?」
「たぶん。 その女は社員じゃなくて、僕を邪魔してる奴の愛人だ」
うわぁ、セフレってやつ?
人を非難しといて、自分がその立場なんじゃん。
香南はムカッと来た。
「そんなんで、よく私んとこ来て、スキャンダルになりますよ〜なんて言えるわ」
「自分がやってるから、相手もそうだと思い込むんだろ」
蔦生が冷笑した。
「それにしても、考えが足りないな。 君を脅迫してどうなるっていうんだ。 たとえ脅しのネタが本当だったとしても、僕に恋人がいて困ることは何もない。 結婚してないし」
「してないの?」
香南は、反射的に尋ねてしまった。 すぐにしっかりした口調で答が返ってきた。
「今はそうだ。 二年前に死んだ。 車の事故で」
「ああ、それは……お気の毒に」
事故で愛する人を奪われるのは、どんなにショックだろう。 香南は、蔦生がときどき見せる寂しげな表情の意味がわかった気がした。
そのとき、車という言葉で大事な記憶が頭をよぎった。
「あの、さっきの女の話だけど、乗ってた車のバックナンバー、メモしといた」
「すごいな! 教えてくれ」
「はい。 えーと、多摩300、さの46の○○」
紙の音がカサカサいって、書いている気配がした。
「よく番号に気がついたな。 カッとなってると、なかなか思いつかないもんだが」
誉められて、カナンはひどく嬉しくなった。
「でもね、逃げ出すときに、ちょっとやっちゃったんだ」
「相手に怪我させたのか?」
「怪我はしてない、と思う。 ただ、たまたま消火器を持ってたんで、ぶっかけて逃げてきたの」
唖然とした沈黙が、二秒ほど続いた。
それから、ブッと笑い出す音がした。
「たまたま消火器か。 君といると、絶対退屈しないな」
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