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―45―
路面に片足を下ろすと同時に、香南は体をねじって振り向いたまま、今日一日で自由に使いこなせるようになった消火器を、高島めがけて噴射した。
「キャッ! いや! やめ、やめ! キャア〜!」
最後の叫びは、口に泡が入ったのでブクブクという音の中に消えた。
胸から顎までベッタリついた白い泡を、高島はパニック状態で払い落としていた。 手には、ずんぐりしたカッターナイフを持ったままだ。 刃を出していないので、とっさに思いついてバッグから出して、脅しに使っただけだとわかった。
香南は、すぐレバーを上げて噴射を止めると、自分のショルダーバッグを引きずるようにして車から降ろし、消火器を放り込んで走り出した。
だが、あることに気づいて、数秒だけ振り返った。 そして、高島の乗っている車のナンバーを口の中で繰り返し、小走りで立ち去りながら、ポケットから手帖を出して、急いでメモった。
やみくもに横道へ逃げ込んで、何度か曲がった。
車を乗り入れできない細い路地に入ったところで息が切れ、コンクリートの壁にもたれかかった。 高島は消火剤でギトギトになっている。 あの姿で車を降りて追ってくるとは思えない。
もう上空はすっかり暗くなっていた。 街灯の光をたよりに、香南は携帯を取り出し、息を整えてから蔦生の番号をポッチした。
蔦生は、すぐ電話に出てくれた。
「どうした?」
いきなり心配している。 香南は胸がきゅんと痛くなった。
「あの、ちょっとヤバイことになって」
「そっち行こうか?」
「いや、体の具合がどうこうじゃなく。 ええと」
たしか名刺を貰ったはずだ。 香南は財布をかき混ぜて、カードを抜き出した。
「ニュークリア・エンタテインメントって会社、蔦生さんとこの子会社?」
「ああ、系列の一つだけど」
「そこの、高島尚美っていう社員の人に、脅迫された」
「ちょっと待っててくれ」
不気味なほど静かな声で、蔦生は言い残し、保留メロディーが聞こえ始めた。 香南は少し驚いた。 彼女の電話では、アナウンスがあるだけで、メロディーは使えないのだ。
間もなく、音楽が途切れ、蔦生の切迫した声が響いた。
「高島という社員はいない。 男も女も」
「じゃ、この名刺は偽物なのね」
香南はしげしげと、偽造らしいカードを観察した。
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