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表紙

crimson sunrise
―44―


 香南は、あっけに取られた。
 高島は、ステアリングをガーッと回しながら、必死の形相で車体をカーブさせ、三叉路の中で最も広い大通りへ出た。
 勢いで斜めになった体を立て直すと、香南は叫んだ。
「バカなこと止めてよ!」
「バカはそっちじゃない!」
 高島はすぐに怒鳴り返し、アクセルを踏みこんだ。 激しい運動をしたわけではないのに、額に汗がにじんでいた。
「とっとと認めなさいよ! あんたがシカトしてるせいで、話がちがうほうへ行っちゃってるんだから」
「何を認めさせたいの?」
 百も承知で、香南は訊いた。 高島は、いっそうふくれっ面になった。
「だから、蔦生行矢〔つたお ゆきや〕のカノジョなんでしょ?」
 予想通りの返事よりも、蔦生のフルネームがわかったことに、香南は気を取られた。
「蔦生さん、ユキヤっていうんだ……」
 思わず口をついて出た独り言に、高島は目をむいた。
「えーっ、名前知らないの?」
「そこまで親しくないもん」
「あんたたち、一体なに〜! 同じアパート借りて、何してんの? シルバニアファミリーごっことか?」
 緊急時なのに、香南は思わず吹いてしまった。 小さなドールハウスで遊んでいる蔦生の姿が、リアル画面で目の前に浮かんだ。
「友達なの。 大人になってからできた、初めての男の友達」
 高島の横顔が、あからさまにフンという表情になった。
「それを信じろって?」
「あなたがどう思おうと、本当のことだから」
 香南は我慢強く説明して、もう一度押した。
「脅迫材料なんかないわけよ。 無理にでっちあげても、きっと蔦生さんは気にしない。 ましてお金なんか絶対払わない。 だからもう降ろして」
「だめ!」
 高島は岩のように頑固だった。 香南は、本気で不安になってきた。 この女は、電話相手の指示で動いている。 その共犯のところまで連れていこうとしているのかもしれない。 女一人なら抵抗できるが、二人となると……。
 悩みながら顔を上げると、次の信号が近づいてきた。 黄色から赤に変わるところだ。 停車しないわけにはいかない。 香南は、目立たないようにバッグに手を入れ、どうしても引き止められたときの準備を始めた。
 高島が仕方なくブレーキを踏んで止まった。 すかさず、香南はドアを開けようとした。 とたんに右腕を掴まれ、強く引っ張られた。 同時に、硬いものが背中の下あたりにグッと押しつけられた。
「おとなしくして。 話があるだけなんだから」
 誰がこんなことする人間を信用するか! 香南はスタンガンか、最悪の場合ピストルを想像し、とうとう最後の手段に打って出た。
 力任せに高島の手を振り切ると同時に、バッグから栓を抜いた超小型消火器を引き出して、彼女に向けた。






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