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表紙

crimson sunrise
―39―


 二人は、近くで目についた蕎麦屋に入り、山菜と海老の天ぷらうどんを、のんびりした気分で食べた。 検査結果が良だったため、どちらも安堵していて、話す声が弾んでいた。
「それにしても、フッと倒れられると焦るんだよな。 いろんな意味で危険だし。 たとえば駅だったら、ホームから落ちて轢かれるかもしれないだろう?」
 箸を持つ手を止めて、香南はこれまでの経験を思い返した。
「危険な場所では、倒れる気がしないの。 やっぱ緊張してるからかな」
「じゃ、僕の傍だと気が緩んでる?」
「あー、そうかも」
 深く考えず、香南は陽気な微笑を浮かべた。
「って、それは冗談だけど、家に帰りつくと安心してホエーッってなって、どこでも寝れる状態になっちゃうのかもしれない」
「なっちゃ駄目だよ」
 蔦生はわざと厳しく言った。
「自分の部屋に入るまでは」
「うん、気をつける」
「ナルコレプシーじゃないよな。 今思い出したが」
「なに?」
「あ、どこでも眠りこける症状」
「いや、眠るのとはちょっと違うから」
「そうだな」
 ともかく、この子が重病じゃなくてよかった。 そう実感すると同時に、蔦生は念を押さずにはいられなくなった。
「万一、外で気分が悪くなったら、この前渡したブザーを押すんだよ。 今持ってる?」
 香南は、笑いでふやけた表情を、すっと引き締めた。 目が真面目になった。
「持ってるけど、それは…… 蔦生さんに迷惑でしょう。 いつどこでピーピー言い出すかわからなくて」
「いや、そういうシステムじゃないんだ。 確かにこっちの携帯でも居場所は確かめられるようにしてあるけど、音が鳴ったりはしない。 メインは、真中のデカいボタンを押すと、最短距離にいる警備会社の防犯係員が駆けつけるってとこだ。 たぶんGPS使うんだろう」
「はあ、なるほど」
 世の中どんどん進んでいる。 いや、危険になりつつあるから、いろんな防犯グッズが発達しているのか。 ともかく、直接蔦生をわずらわせるやり方ではないらしいので、香南は胸を撫でおろした。
「すごいね、これ」
「ああ、実は子供用らしい」
「えぇ〜」
 香南は吹き出した。
「そうか、迷子防止とか」
「用心に越したことはないから」
 バッグから取り出した灰色のブザーを観察して、香南は小声で尋ねた。
「これ相当お金かかるでしょう?」
「いや、月に千円ぐらいだよ」
 他にも払ったのではないかと、香南は彼の態度から察したが、話したくなさそうなので、それ以上は訊かなかった。
 案の定、蔦生は先回りして言い出した。
「僕が申し込んだんだから、君が気にすることはないんだ。 どこかで倒れられたら、後味が悪いだろ?」
「ありがとう」
 香南は、ここは素直に好意を受けることにした。






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