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―38―
蔦生は椅子に背もたれのないのを忘れて頭を反らし、バランスを崩しそうになって慌てて座りなおした。
「なに抜かすんだよ。 コケそうになったじゃないか。 あんなのが俺の好みだって?」
「違うよなー。 おまえ昔から、こう楚々としてて、大人っぽい人に憧れてたよな。
でも、入江さぁ」
不意に身を乗り出して、久山は親友の目をひたと見つめた。
「見かけはナンチャッテ女子高生みたいでも、あの子、口きくと全然違うじゃない。 話し方が落ち着いてて、穏やかでさ。 なんか、癒し系」
「ナンチャッテねぇ」
蔦生は勢いをつけて立ち上がり、ブラインドのかかった窓に近づいた。
「よくいるフリーターだよ。 並み以上に働く子だけど」
「会社で雇ってんの?」
「いや、そういう関係じゃない」
「ふうん」
投げたボールペンをもう一度拾いあげてから、久山はさりげなく言った。
「深入りすんなよ」
「しないよ。 ともかく、今日はありがとな。 重病じゃなくて、安心した」
「さしたる原因もなしに失神することがあるんだ。 ひんぱんに起こるようなら、他に原因があるかもしれないから、また診せに来てくれ」
「わかった。 じゃな」
「おう」
蔦生が部屋を出て、ドアを閉めた後、掌でペンを回しながら、久山は呟いた。
「もうドップリ浸かってんじゃないの?」
女子高生みたいだ、という久山の感想を聞いた後だと、待合室のベンチにちょこんと座って彼を待っている香南の姿は、妙に子供じみて見えた。
声をかけるのがためらわれたが、気配を感じたのか、急いで上半身を回して出入り口のほうを見た香南の顔が、まぶしいほど明るくなった。
急いで立ち上がると、香南はパタパタと蔦生を目指して駆けてきた。
「先生、何だって?」
「実年齢より若く見えるって」
香南は焦り、大げさにコチンと固まった振りをした。
「えー〜〜。 そんなこと話してたの?」
「男だからね。 まあそんなことどうでもいいが、検査無事に済んでよかった。 もう昼時だけど、どこかで食べてく?」
「あ、じゃ、支払い済ませてから」
「もう払った」
「え」
香南がバッグを探る手を止め、レモンを口一杯かじったような表情になった。 それを見て、蔦生は思わず笑った。
「そんな顔するなよ。 約束通り、車の中で半額返してもらうから」
「残りの分で、食事おごる」
香南はバッグを叩いて、きっぱり宣言した。
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