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―37―
「どこも何ともなかった……!」
蔦生の上着の横をギュッと握って、香南はかすれ声で報告した。
蔦生は、ポンポンと香南の背中を軽く叩き、少し身を離して、顔を覗きこんだ。
「泣いてる?」
「やだー、泣いてなんかないよ」
そう言いながらも、視野が曇った。 蔦生は笑顔になって、きちんと畳んだハンカチをポケットから取り出すと、香南に手渡した。
「これで一安心だな」
「うん」
「久山にちょっと挨拶してくる。 ここで待ってて。 送るから」
「はい」
蔦生が診療室に入ると、久山はくるりと椅子を回して、彼を見上げた。
「悪かったな、今日は無理言って」
「なに遠慮してんの? 予約だし、こっちは全然オッケーだよ。 それより」
「なに?」
「入江〔いりえ〕が女の子連れてきた段階で、びっくり」
蔦生は苦笑して、患者用の椅子にドンと座った。
「そういうんじゃないよ」
「じゃ、どういうの? 年がおまえの半分くらいで……」
「そこまで若くない」
「十六ぐらいだろ?」
「冗談きつい! 検査の前に年齢聞いてるだろうが」
「おまえは? はっきり知らないのか?」
「いや、調べたところでは、二十三歳と三ヶ月だ」
久山は少しの間口をつぐみ、じっと友達を観察した。
あまりじろじろ見るので、蔦生はハエを追うように右手を振ってみせた。
「やめろ、研究対象にするな」
「俺は心理学はやってない」
久山は首を振りながら呟いた。
「でもおまえ、調べたって……」
「違う! 婚前調査じゃない。 早とちりするなよ」
「じゃ、何調べたんだ?」
「秀紀の手先じゃないかって」
「ああ」
一応納得した後、久山はきょとんとした。
「おい待て。 じゃ、なぜ俺んとこで検査までしてやる?」
「だから、違ったんだよ。 あの子も知らないうちに巻き込まれてただけで」
「被害者の一人か」
「そういうこと」
「やれやれ」
久山は、うんざりした表情になった。
「あの男もしつこいな。 いいかげん、会社を背負って立つなんていう実力がないのを自覚すりゃいいんだ」
「血は水より濃いって思い込んでるんだよ」
「多いけどな、そういうバカ」
手にしていたボールペンをポイッとデスクに投げると、久山はさりげなく付け加えた。
「ともかく、俺はまた、子供みたいなのに引っかかって再婚する気になったのかと思ったよ」
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