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表紙

crimson sunrise
―36―


 水曜日は、朝からどんよりした空模様だった。
 検査は十時半に決まったということで、蔦生が車を回して九時過ぎに迎えに来てくれた。


 着いた先は、笹塚にある中規模の総合病院だった。 予約済みだから、すぐ久山〔ひさやま〕医師の診療室に通され、意識を喪失した時の状況と、体調に関する質問に答えた後、検査室に移動した。


 全体的に言って、予想したほど怖くはなかった。 安静時心電図を取り、立位負荷検査と血液検査をして、念のため、MRIもやった。
 そして、しばらく待たされた後、また診療室で、コンピューターの大きなディスプレーに映し出された結果を見ながら、説明が行なわれた。
「血液検査は正常の範囲内です。 少し貧血症状が出ていますが、すぐ改善できる程度です」
「はい」
「脳にも神経系統にも異状はありません。 てんかん発作の症状でもなし」
「はあ」
「つまり」
 一度言葉を切って、茶色の眼鏡がよく似合う久山医師は、結論に移った。
「一過性脳虚血発作であろうと思われます」
「はい……」
 なんだろ、それ。
 目をぱちくりさせている香南に、医師は説明した。
「一時的に酸素が足りなくなって、意識不明になったんです」
「つまり……?」
「原因はいろいろ考えられます。 過労もあるでしょう。 ずっと立っているお仕事のようですから、閲兵場失神という可能性も」
「は?」
 どういう漢字を書くのかもわからない病名を次々と言われて、香南はそっちのほうで頭がぐらついてきた。


 要するに、原因ははっきりしないものの、ただの気絶なのだそうだ。
 年齢に関わりなく起こり、始終気を失っている若い女性もけっこういるらしい。
 最近なにか特別な変化は? と訊かれて、香南が思い当たる原因は、偏食と過労ぐらいだった。


 貧血薬の処方箋を貰い、キツネにつままれた思いで、香南は待合室に行った。
 ゆったりとベンチに座っている蔦生を見たとたん、思わぬ幸福感が胸にせり上がってきた。 重病じゃなかったんだ、という喜びが、彼の存在で、突如爆上げになった。
 香南は、顔中を笑いで崩して、パタパタと待合室を半駆けで横切り、彼女に気づいて立ち上がった蔦生に、両手を広げて飛びついた。






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