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表紙

crimson sunrise
―35―


 二人は、手をつないで車に帰った。
 蔦生の冗談のおかげで、一瞬かもし出されそうになった真剣ムードは吹き飛び、酔った上での軽いたわむれに変わっていた。
 助かった、と香南は思う。 蔦生には『本命』がいるらしいし。 さっきカマをかけたとき、彼が否定しなかったところを見ると。
 短大を出て、こちゃごちゃした街中に住むようになって二年とちょっと。 もともと夢見る性質ではなかった香南は、世の中の現実を知り、青年実業家っぽい蔦生を手に入れようなんていう野心は抱かなくなっていた。
 それに、直感で悟っていた。 初めて会った朝、香南が見せた態度が気に入ったから、彼が親しみを持ってくれていることを。 蔦生は、常識的な判断のできるさっぱりした性格が好きらしい。
 彼は親切な隣人、自分は気やすい話し相手。 しばらく培〔つちか〕ってきたその立場が、一番居心地がいい。 手放すつもりはなかった。
 たとえ、先ほどのキスが思いがけないほど素敵だったにしても。


 車内は静かだった。
 別に気まずくはなかったが、どちらも特に話題がなく、蔦生はほぼ運転に専念した。
 アパートの駐車場に車が入ると、二人はほっとして、自然に目を見交わした。
 蔦生が、優しい口調で言った。
「今夜はよく寝て。 検査は一緒に行ったげるからね」
「ありがたいけど、会社大丈夫?」
「大丈夫。 わりと自由がきくんだよ」
 重役だからな。
 時間が好きに使えるところは、やっぱり羨ましかった。


 別れの挨拶をして、部屋に戻ったとたん、香南は猛烈に眠くなった。 半分うつらうつらしながらバスにつかり、ナイトウェアに頭を押し込んでギュウギュウ下に引っ張りつつ、ベッドに倒れた。
 すぐ、意識がもうろうとなった。




 下の部屋では、蔦生が黒ビールを取り出して、ジョッキにそそいでいた。
 クッションの効いた二人掛けのソファーに座り、足を大きく投げ出して、一息で半分飲んだ。
 艶のないフローリングの床をぼんやり眺めていると、次第に焦点がぼけて、部屋が揺れて見えた。
──まずいぞ、おい。 ミイラ採りがミイラになりかけてるぞ……って、こんな古いことわざ、知ってるかな、あの子──
 思い返してみれば、事故からずっと孤独だった。 家族を失い、誰も信用せず、計画だけにすべての人生を捧げてきた。
──だからって、あの子を癒しにするのか? 俺を引っ掛けるために使われた、敵の道具なんだぞ。 それも見当違いの──
 そのことを考えると、いつも笑いたくなる。 秀紀はバカだ。 真性のアホだが、今回に限り、敵弾が究極の外れ方をして、かえって急所に命中したようだ。
 なんというまぐれ当たり…… 蔦生は目を片手で覆って、元気なく笑い出した。






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