表紙目次文頭前頁次頁
表紙

crimson sunrise
―33―


 気持ちよく食事を済ませた後、二人は連れ立って店を出た。
 電球色のネオンが、広場に柔らかい光を投げる。 タイルの地面を踏みしめて、少し歩くと、木のデッキが運河沿いに続いていた。


 わずかに出てきた風が、川面を揺らした。 銀色の小波〔さざなみ〕が河を縦に割って、人魚の鱗を思わせる曲線を描き、ゆるやかに彼方へ消えていった。
 外国映画に出てきそうな散歩道だが、他に人影はなかった。 ふたりで独り占めだ。 こんなムードたっぷりの場所を歩いていると、勘違いしそうだ、と香南は思った。 全然恋人とかじゃないのに。
 恋人、という発想に、自分でどっきりしていた矢先、不意に蔦生が足を止めた。
 先に一歩踏み出していた香南も、つられて立ち止まった。 見ると、蔦生の唇が一文字に引き締まり、頬の輪郭が鋭くなっていた。
 香南に視線を下ろして、蔦生はほとんど口を動かさずに言った。
「じっとしたまま、僕の右後ろを見てくれないか? 君から見て右側のほうだ」


 香南はさっそく、目だけ横に動かして、ソフトな電飾が列を作っている方角を眺めた。
 十五メートルほど離れた場所に、男が一人立っていた。 短いジャンパー姿で、肩から布製のバッグを下げている。 香南が見たときには、体を横向きにして少しねじり、タバコに火をつけようとしていた。
 あまり顔を見せたくないんだ、と、香南は直感した。 それで、自分も小声になって囁き返した。
「男の人が一人いるけど?」
「バッグを斜め掛けにしたやつだろう?」
「そう」
「さっき駐車場で見た。 レストランに入る前もいた」
「尾けてきてる?」
「かもな」
 蔦生の声に、かすかな笑いが混じった。
「もしそうなら、退屈してるだろうな。 こっちは普通に食事して、話してるだけだから。
 ちょっと目を覚まさせてやろうか」
 え?
 怪訝〔けげん〕そうにまばたきした香南の耳に、驚く言葉が飛び込んできた。
「ここでキスしたら、あいつどう反応するかな」







表紙 目次文頭前頁次頁

背景:ぐらん・ふくや・かふぇ/ボタン:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送