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表紙

crimson sunrise
―32―


 同時に、目が刃のように冷たくなった。 すると突然、存在感が際立って、全身から激しいエネルギーが発散した。
 その瞬間、蔦生は目を見張るほど輝いて見えた。


 だが、怒りの発作は一瞬で終わった。 またたく間に元の穏やかな顔に戻った彼を見て、香南は落ち着かない気分になった。
 人にはいろんな面がある。 そんなことはよくわかっている。 だが、この瞬間の変貌は、蔦生の奥に、これまで表れていたのとはまったく違う顔があるのを垣間見せた。
 困ったことに、その顔はとても魅力的だった。


「実家では、犬飼ってる」
 少しおずおずと、香南は話題を続けた。
「ラーっていうの。 子犬のとき、いたずらばっかりしてて、あらー、とか、こらー、とか言われまくって、それが縮まってラーになったの」
 蔦生は目を細くして笑った。
「小型犬?」
「どうかな。 雑種だから、中型犬かな」
「うちのも雑種だった」
 淡々と、蔦生は言った。
「大きめで、賢い奴だった」
「ラーも、大人になったら聞き分けがよくなった」
 ちょっぴり対抗心が沸いて、香南は早口に変わった。 蔦生は宥めるように頷いた。
「そうだよな。 犬は一歳過ぎると、別の生き物みたいにしっかりする」
「あ、そういえば、そんな感じだった」
「生き物、好きなんだね」
「うん、まあ」
 そこへデザートが来た。 種類の違う二皿を半分分けして食べているうちに、親しみが増して、香南は大好きなイチョウの話を語っていた。
「それで、もうじき切られちゃうらしいんだ。 あんだけ大きいと、木の精霊か何か宿ってるんじゃないかと思うんだけど」
「あり得るな」
 蔦生は、香南の言い分をバカにせず、静かに聞いてくれた。
「寺や神社は、木が守ってると言われてるからな。 鎮守の森っていって」
「逆も言えるよね。 お寺と神社があるから、森が守られてる。 あのイチョウも、神社に生えてればよかったのにと思う」
「うん、そうだな」
 香南は、勢い込んで話した後、なんか涙がにじんできそうになって、あわてて運河に視線を向けた。
 こんなこと、デート相手に熱く語った覚えはない。 というか、話せる雰囲気じゃない子ばかりだった。 ゲーム攻略論で盛り上がったことはあったが。
 蔦生は聞き上手だ。 イチョウなんて興味ないだろうに、最後まで聞いて相槌を打ってくれた。 その大人の思いやりに、香南は心を根こそぎ持っていかれそうで、慌てていた。








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