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―30―
休みの翌日が平日の場合、レストランの店じまいは早くなるのが普通だ。 当然、蔦生もそのことを知っていて、夕方の六時にドア・チャイムを鳴らした。
黒のソフトレザーのバッグを掴み、忘れ物はないか部屋をもう一度見回してから、香南は急いで玄関口に出た。
ちょっぴり着飾って、髪を控えめにカールさせた香南を見て、蔦生は穏やかに微笑んだ。
「雰囲気いいね」
「大丈夫かな、これで?」
「立派なもんだよ」
蔦生は保証した。 声に誠意が感じられたので、香南は安心な気持ちになった。
前後して階段を下りると、二人は車に乗り込んだ。 発進させてから、蔦生は行く先を説明した。
「天王洲アイルなんか、どうかな? 昼間に二、三回行ったことがあるが、夜は初めてなんだ。 休日は混んでなくて、のんびりできるらしい」
素敵だ。 スフィアタワーのほうなら、香南も二度ほど友達と訪れたことがあった。
「ああ、いいとこよね〜。 仕事の仲間とバーガー食べたことある」
デートじゃないし、昼間だった。 ファーストフード店だから、ムードとか関係ない。 でも運河の近くで、全体がおしゃれな感じだった。
車は流れるように、賑やかな薄暮の通りを進んでいった。 ゆったりした助手席で、香南は贅沢な気分を密かに楽しんだ。
「和風割烹、寿司、イタ飯、いろんな店があるけど?」
「カッコつけてないところがいい」
香南は正直に言った。 フォークとスプーンがずらっと並んでいる店では、きっと食べた気がしない。
「うん」
蔦生は真面目にうなずき、交差点で右に曲がった。
「定番のイタ飯にするか。 好き?」
「好きよ」
何げなく答えてから、香南はハッとした。
好き、というお互いの声の響きが、本皮とかすかな柑橘系の香りがする快適な車内に、ふわりと浮き上がって、漂い続けた。
そう感じたのは、香南だけではなかった。 意味が違うんだから、と自分に言い聞かせても、蔦生は落ち着きを失った。
そんな自分が歯がゆく、唇を噛みたい気分だった。
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