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―28―
香南が仕事をしている店は、ドーンとした表通りではなく、ちょっと脇に入った庶民的な地域にあった。
車で入るとかえって目立ちそうなので、蔦生は何度か利用したことのある西口駐車場にいったん車を預けてから、徒歩で戻った。
間口2・5メートルほどのかわいらしい店は、前面すべてガラスで、中がよく見えた。 ということは、店内から明るい外は更にくっきりと見通せるはずなので、蔦生は近くに行くのを止め、[ミヤニシ化粧品店]の向かいにあるカフェに入って、窓際に腰を下ろした。
アールグレイを飲みながら、さりげなく見ていると、やがて目が慣れてきて、向かい側の店に香南が座っているのが確認できた。 ピンクのウェアを着た女性店員が、香南の肩に白いケープをかけ、前にいる三人ほどの客に説明しながら、メイクの実演を始めた。
ああ、モデルをしてるのか、と蔦生は悟った。 椅子に腰掛けていられる仕事はいい。 それに、立ちんぼで声を嗄らして売りまくるより、香南に向いているように思えた。
彼女は、圧倒的な美人ではない。 だが、美しさよりむしろ印象的な、愛くるしい顔立ちだった。 眼がクリッとしていて、口が小さい。 肌はきめ細かくてなめらかだ。 触れると指が吸いついてしまいそうなほど……
道越しにぼんやり見とれていた自分に気づいて、蔦生は急いで視線をテーブルに戻し、カップを口に運んだ。 香南のような顔立ちを、特に好きだったわけではない。 秀紀〔ひでき〕を観察して、彼のタイプらしいと気づいただけだ。 奴はいつだってロリコン気味だった。 母親が目の吊り上がったドラゴン型だからだろうか。
ともかく、今日の香南は大丈夫そうだ。 カフェの紅茶もうまかったし、そろそろ帰る潮時だろう。 蔦生は身軽に立ち上がって、勘定を済ませ、店を出た。
とたんに、背中をトントンと叩かれた。 振り向いた蔦生は、内心ぎくっとした。
心もとない微笑を浮かべて背後に立っていたのは、ばっちりメイクを完成させた香南だった。
目が合うと、香南の笑顔が大きくなった。
「ああ、やっぱり。 蔦生さんかなーと思ったんだけど、自信なかった」
会社ではポーカーフェイスで通っているが、さすがにここで白は切れなかった。 蔦生は覚悟を決め、自分から言った。
「近くで人に会ってたんだ。 一時半に仕事が終わったから、ちょっと足伸ばしてみた」
これでちゃんとした説明になってるだろうか。 蔦生は、つい弁解がましくなった。
「倒れてないか、気になって」
「ありがとう」
香南は心の篭もった声で答えた。
「今日のは、わりと楽な仕事」
「モデルみたいだったね」
「正確に言うと、違うの」
香南は含み笑いした。
「お客のふりして、店の中をぶらぶらしてると、店員さんが声かけてくるんだ。 で、今流行りのアイラッシュ、ぜひお試しくださいとか何とか言われて、えー、とか言って、じゃお願いしますってことになって」
「サクラか」
「うん。 客寄せパンダ」
二人は顔を見合わせて、クスクス笑った。
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