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表紙

crimson sunrise
―27―


 翌日土曜の昼、蔦生には、ホテルで能登の業者と会食する予定があった。
 会社が半年後に創業五十年の節目を迎える。 社員に記念品を配り、五十周年と銘打って新製品を売り出すことは前から決まっていたが、その他に塗り物の記念額を作る案が出て、本社の長たる蔦生行矢〔つたお ゆきや〕、つまり、香南の知る[蔦生さん]が、発注デザインを決めることになっていた。


 総務の竹川の他に、設計企画科の長谷部も連れていったので、模様についての話し合いはスムーズに進んだ。 希望を二つに絞り、見本を製作して、一ヵ月後に持ってくるということで、契約はまとまった。


 土曜日だから、普段は休みで、もう仕事はない。 でも、自宅に直帰するのは何だか嫌で、車に乗り込んだ後、蔦生はしばらくじっとしていた。
 最近は、よくこういうことがあった。 不意に思い立ってアパートの部屋を借りてからは、なおさらだ。 自宅に比べたら十分の一ぐらいの広さしかないアパートなのに、[メゾン仲村]にいるほうが心が落ち着くのだ。 俺ってやっぱり貧乏性なのかもしれないな、と思うと、自然に苦笑が出た。


 ゆったりした運転席にもたれかかって、半時間ほどぼんやりした後、蔦生はようやく車を始動させた。 スポーツカー仕様なのでダッシュがいい。 照明のついた地下駐車場から出ると、春から夏へ移り変わる晴れやかな空から、暑いほどの光線が降りそそいだ。
 さて、これからどこへ行こう。
 思いつかなかった。 計画的な彼には珍しく、最初に目に付いた角を曲がり、何も考えないで進んだ。
 こういうのを、流すっていうんだろうな、とうっすら考えながら、もう一つ角を右に折れたところで、気がついた。 なんとなく新宿方面へ向かおうとしている。 昨日見せてもらった香南のスケジュール表では、西口近くのコスメ・ショップで、輸入化粧品の実演販売をしているはずだった。
 あの子の体調が心配なんだ、と、蔦生は自分に弁解した。 二度あることは三度、と言うじゃないか。 今度は昼間の職場で倒れるかもしれない。 体が弱いと思われると、今後の仕事に差し支えが出る。
 どうせ近くまで来たんだ。 どんな様子か、ちょっと覗いてみよう、と蔦生が決断するのに、時間はかからなかった。







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