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表紙

crimson sunrise
―26―


「だからさ、脅すつもりじゃないんだよ。 でも、ほんとのこと言わないと、検査に行こうとしないから」
「うん……」
「行くね?」
 優しく言われて、香南はうつむいた。
 もう、承知するしかなかった。


 翌週は、水曜日を休みにしていた。 それを聞き出すと、蔦生は更に優しくなった。
「じゃぁさ、その前に一度、気分盛り上げにパッと飯食いに行かない? ご馳走するから」
「えっ? ありがとう。 ただね……」
 誘いを聞いた直後は、単純に喜んだ。 だがすぐに、別の心配が頭をもたげた。
「そういうときに着れる服って、持ってなくて」
「じゃ……」
 また何か提案しかけた蔦生を、香南は慌てて遮った。
「知り合いに借りる! うん、たぶん貸してくれると思う」
「ああ、それいいね」
 蔦生は、気持ちよく受けた。


 二人は予定をつき合わせて、日曜の夜に行くことにした。
「何が食べたい? 和食? それともイタリアンとか中華がいい?」
 急に言われても思いつかない。 香南が答えをためらっていると、蔦生が助け舟を出した。
「いろんな店が並んでる所へ行くか。 その日の気分で選べば」
「それ、いい」
 香南はやっと笑顔になった。


 蔦生も、まだ食事前だった。 二人は小さなテーブルの前に座り込み、香南は帰りに買った市販弁当を、蔦生は試食も兼ねて、持ってきたフリーズドライを湯で戻して食べた。
 しっかり食べ物を飲み込んだ後、蔦生は感想を述べた。
「粥はうまいよ。 こっちの野菜は少し味が薄い。 マヨネーズかなんか付けたらいいかも」
「あ、マヨはこっちにある」
 香南は身軽に立って、冷蔵庫から出してきた。 そして、残り野菜のきれいな彩りを観察した。
「フリーズドライって、チップしか食べたことなかった」
「これは試供品なんだろうけど、役に立ったから、少し仕入れてみるかな。 一口どう?」
 蔦生は、野菜の端にマヨネーズをちょんちょんと載せて、香南のほうに皿を回した。
 箸で取って口に入れながら、香南はふと思った。
 なんか、家族みたい。







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