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表紙

crimson sunrise
―23―


 金曜の仕事は、午前で終わるはずだった。 だが、夏を当てこんだキャミ風リネン・ワンピースのモデルが、このところの不順な気候で風邪を引き、熱を出したそうで、三時間だけ代わりをやってくれと頼まれてしまった。
 割増をつけるから、と言われては、断れない。 少し顔色が悪いのをメイクで隠し、香南は元気にアパレル・ショップの店内に立った。


 臨時モデル&セールスアドバイザーは評判がよかった。 今度は指名で頼むわ〜、という声に送られて、香南が東中野の舗道に出たとき、すでに日は落ちかけていて、柔らかい紫色が空の半ばを覆っていた。
 昼はデカ・ホットバーガーで済ませた。 夜はもう少し栄養バランスのいい物を口に入れようと思い、香南は駅近くの弁当コーナーを物色して、鶏のスパゲティ添えサラダ付きを買い込み、バスに乗った。


 いつもよりゆっくりバスにつかって、部屋着に換え、日本茶のティーバッグをマグに入れようとしたところで、チャイムが鳴った。
 置手紙を思い出し、香南はすぐ玄関に向かった。 ロックを解除して、ドアを開けると、何やら沢山持った蔦生が微笑んだ。
「今日は顔色いいね」
「そう? お風呂で温まったからからかな」
 両手に一つずつ下げた袋を、蔦生は前に上げてみせた。
「ちょっと買い物してきた」


 中に入ってソファーに落ち着くと、蔦生はマジックのように、袋からいろんな品を次々と出した。
「これブザー。 気分が悪くて倒れそうなときに押せば、僕の携帯に信号が入るようになってる。
 こっちは安眠枕。 僕も下で使ってるけど、疲れが取れるよ。 高さ調節できるし」
「え……?」
 香南が半ばあっけに取られている前で、蔦生は更に小物を並べていった。
「それと、こっち。 フリーズドライが気に入ってもらえたって話したら、メーカーが喜んで山のようにくれたんだ。 あわび粥とかきなこ餅とか、パンケーキまであるんだな。 びっくりした」
 びっくりしたのは、こっちの方だ。 香南は、小さなテーブルにうず高く積み上げられた乾燥食品を、無意識に口を開けて見上げ、のろのろと見下ろした。
「うわあ……」
「これ全部、お詫びを兼ねてるんだ。 騙されたとはいえ、君の部屋に勝手に入り込んで寝てたんだから。 見つけたとき、心臓縮んだだろ?」
 低い声で真面目に言って、蔦生は揺るぎのない視線で香南の眼を見つめた。






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