表紙目次文頭前頁次頁
表紙

crimson sunrise
―22―


 すぐに、どっと記憶が戻ってきた。
 朝日が右横から差し込む部屋を見渡すと、壁際のラックにフリーズドライの箱がきちんと積み重ねてあった。 電子ケトルはコーナーに戻されていた。
 次に香南は、部屋の戸を開けて玄関を見た。 蔦生が鍵を閉めないまま帰ってしまったのかどうか、気になったからだ。
 すると、ドアポストに何か入っていた。 紙でくるんだロック用リモコンだった。
 包んだ紙に、こう書かれていた。
『これは、ラックに置いてあったリモコン。
 体に気をつけて。 電話は迷惑かもしれないから、今夜寄ります』


 小型リモコンを握りしめて、香南は考えた。
──蔦生さんは、これ使って外からロックしたんだ。 で、ポストに返しといてくれた──
 ほんとに気配りのいい人だ。 仕事もシャキシャキこなしてるんだろう。 有能で、さりげなく親切で、しかもヤラシくない。 どっちかっていうと地味だが、見た感じはとてもいいし。
 そこまで考えて、香南はあわてて我に返った。
──やだ、マジになってどうするの。 相手は二十万三十万ポンと出せる金持ちだよ。 フリーターに本気出すわけないし、実際出してないし。 こっち見たって、オンナを見る目じゃないもの──
 残念ながら、その通りだった。 蔦生の視線はいつも落ち着いていて、起伏がない。 さめているとさえ感じられた。


 朝はいつも気分がよく、眩暈もしない。 活気のある足取りで、香南はせわしなく部屋を歩き回り、いつものように身支度をした。
 慣れた動作は自動的にやれる。 動きながらも、頭は勝手に考えつづけた。
──じゃ、なんであんなに親切なわけ? 理由がわかんないよ。 不思議でしょうがない。 不自然じゃないけど──
 そこがまた問題だった。 初めて出くわした衝撃の瞬間を除いて、香南は蔦生にまったく警戒心を抱かなくなっていた。 彼は何をするにも自然体で、物静かなわりには度胸がありそうだ。 はっきり言って、頼もしかった。


 頼っちゃいけない。 頼っちゃいけない。
 バッグを担いで共用廊下に出て、階段を下り、門をくぐるまで、香南は呪文のように自分に言い聞かせた。
 一人暮らしは寂しい。 つい人恋しくなる。 でも、蔦生に深入りするのは危険だと、本能が教えていた。






表紙 目次文頭前頁次頁

背景:ぐらん・ふくや・かふぇ/ボタン:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送