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―20―
香南の心配をよそに、蔦生は小脇に抱えていた紙袋を、淡々とした表情で差し出した。
「ちょうど貰い物があった。 たまには甘くないものがいいかなと思って」
香南が袋の口をあけて覗くと、ピチッと密封包装された箱が四つ見えた。
「フリーズドライだって。 熱湯でもどすだけだから、冷蔵庫に入れないでいいんだ」
「ふうん。 ありがとう」
「すぐ食べる?」
「うん」
そういえば、空腹なような気がする。 今何時だろう。
「お湯は?」
勝手知った他人の家で、ずんずん中まで入っていった後、奥から声が呼びかけた。 香南は急いで玄関をロックし、蔦生の後をついて入った。
「そのケトルで沸かすの。 五分ぐらいでできる」
「オッケー。 ボタン押すだけだね」
「そう。 水はいつも入れてあるから」
その間に洗面所へ行ってボサボサ頭をなんとかしよう、と、香南は思いついた。 それで、リラックスして小さなソファに座り、袋から箱を出している蔦生の横をすりぬけ、バスルームのほうへ行こうとした。
体が斜めになったとたん、また眩暈〔めまい〕が襲ってきた。 よろめくまいとして、妙な角度に力が入り、香南は半回転すると、蔦生の肩を右手で掴んでしまった。
彼は驚かなかった。 まるで予測していたように上半身をねじり、両腕で香南をしっかり受け止めて、ソファの横に座らせた。
耳元で、快い風のような囁きが聞こえた。
「さっき入ってきたとき、顔色が青いなと思ったんだ。 言わなかったけど」
「そうなの?」
ぼんやり答えながら額に手を当ててみた。 熱いような感じがする。 でも、よくわからない。
「外でこうなったこと、ある?」
「ない、今んところは……」
薄れかけた意識を、香南は懸命に引き戻そうとしていた。 静かに励ますような声は、まだ続いた。
「仕事中は、気を張ってるからな。 ゆっくり寝るほうがいいかもしれない。 直らないようなら、電話くれ。 何時でもいいから、遠慮しないで」
彼がそっと立ち上がる気配がした。 その瞬間、香南は彼の上着の裾を反射的に掴んだ。
自分でも想像つかない動作だった。 いいとか悪いとか判断する前に、本能がひとりでに行動したとしか思えなかった。
蔦生は、中腰のまま体を止めた。
香南は首をふらふらさせながら、幼児のように呟いた。
「もうちょっといて。 目がしっかりするまで。 なんか……心細いよー」
「気分悪い?」
「それはないけど……」
ただ、部屋が回るだけ。
香南は、溺れかけた人のように、蔦生の腕にしがみつき、そのままずるずると膝まで落ちていった。
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