表紙目次文頭前頁次頁
表紙

crimson sunrise
―18―


 そうやって一度誘ったことが、なんとなく習慣になった。
 部屋を借りてから三日間、蔦生は夜になると荷物を運び込んでいた。 下でがさごそやっているので、自然と様子を見に行くことになる。 助言を求められて、香南はタオル掛けの位置を決めたり、妙に大きな冷蔵庫をどこに置くか相談に乗ったりした。
 電気屋の運搬員が帰った後、香南は、天井につきそうな冷凍冷蔵庫を、しげしげと観察した。
「凄いわ。 真っ黒にテカッてる」
「前から黒が欲しかったんだ」
 車からラック入りビールを運んできた蔦生が、広々とした冷蔵室に缶を手早く並べた。 行きがかり上、香南も手伝った。
「これ、大家族用じゃないかな」
「たぶん。 大は小を兼ねると思って」
 大というより、無駄にデカいだけじゃないか。 香南は首をひねったが、人の好みは好き好きだから、口には出さなかった。
 ビールと水のボトルを入れ終わって、気づいた。
「食料品は?」
「ああ……忘れた」
「夜ご飯は、もう食べてきたんだ?」
「いや」
 あっさり言うと、蔦生は寂しげな犬のような目つきで、香南をじっと見た。
「もう晩飯食った?」
「うん」
 香南はきっぱり頷いた。 蔦生は床に座りこみ、期待に光る目を香南から離さずに、また訊いた。
「デザートは?」


 というわけで、その三日間ずっと、蔦生は香南の部屋に上がり、ケーキやタルトや菓子パンの類を分け合って、半時間ほどくつろいでから自分の部屋に戻った。
 いつも香南にたかっていたわけではない。 二日目からは、発泡酒だのパイやクッキーを持参して、やって来た。 香南は、彼の引越しが終わるまでは相手をしてやらなきゃ、と覚悟した。 それで、夕食は仲間と済ませても、後は付き合わずに帰宅した。


 なんのかんの言っても、結局は楽しかったのだ。
 話の間が合う人と、噛んでしまう人とがいるが、蔦生は実に話しやすい人間だった。 落ち着いていて、会話のリズムがいい。 出世している男性にありがちな自慢が、まったくない。


 むしろ、自分のことを語らなすぎるのが難だった。






表紙 目次文頭前頁次頁

背景:ぐらん・ふくや・かふぇ/ボタン:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送