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表紙

crimson sunrise
―15―


 とたんに、蔦生の顔がパッと明るくなった。 そして、電話を床に置くと、体をすべらせるようにして寄ってきた。
「大丈夫? どっか痛いとか、部屋が回って見えるとか、ない?」
「べつに」
 肘をついて起き上がると、香南はぼんやり周囲を見渡した。
「ここ、どこ?」
 部屋はがらんとしていた。 同じアパートだが、家具が見えない。
 下に置いた携帯をまた拾い、ポッチして消してから、蔦生は振り向いた。
「僕の部屋だよ。 とりあえず運んできたんだ。 君が急に倒れたから」
「ああ……」
 また眩暈〔めまい〕が戻ってきた。 香南は額を抑えて目をつぶった。
「貧血なの。 たま〜にクラッとなることあるんだけど、意識がなくなったのは初めて」
「医者に行った?」
 蔦生は心配そうに尋ねた。 香南は首を振った。
「行かないよ、貧血ぐらいで」
「今、電話で近くの医者探してたんだ」
「あ、気遣わせてごめんね。 もう平気だから」
 立とうとして、香南はよろめき、また座り込んでしまった。
 蔦生は、傍に置いた大きなビニール包みを開き、丸めたマットレスを取り出して広げた。
「ここでちょっと休むといい。 気分が治るまで」
「いいって」
「よくない」
 彼がすべらせてよこしたマットレスが背中に当たり、香南はバランスを失って斜めに倒れこんでしまった。
「そう、そのまま寝てな。 何か飲む?」
 上半身だけ布団の上で、香南は唸った。
「酒」
「だめ」
 あっさり却下された。 香南は欠伸して、言い直した。
「じゃ、レモンスカッシュ」
「わかった」
 蔦生がスッと立ち上がり、財布をポケットにねじこんで出ていくのを、香南はうっすらと開けた目で見送った。




 蔦生は、五分ほどで戻ってきた。 近くの自販機で買った缶を二本下げて。
 香南は大分具合がよくなり、布団をきちんと畳んだ横で、斜め座りしていた。 それでも、渡された缶のプルトップを引くのに苦労しているのを見て、蔦生が手を伸ばして簡単に開けた。
「働き過ぎ?」
「さあ、どうかな」
「顔色、よくなってきた」
「少し待つと、すぐ直るの」
「若いからな」
 自分に言い聞かせるように、蔦生が呟いた。







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