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表紙

crimson sunrise
―14―


 そうだ、この人……
 香南は目を半分閉じ、金持ち蔦生を斜めに見た。 酒が入っているせいで、少し気が大きくなっていた。
「お引越しですか?」
 蔦生は、脇に抱えたビニール包みを振ってみせた。
「そう。 これが布団。 あと車の中にもうちょっと」
「枕とか?」
「うん」
「シーツも?」
 蔦生はクスクス笑った。
「寝る物だけじゃないよ。 着る物も」
「ゴルフは、勝ったのかな〜?」
「今日は二位だった」
 そこで彼は、意外そうに顔を上げた。
「僕がゴルフしに行ったの、覚えてたのか」
「私はやったことない」
 質問に直接答えずに、香南は余計なことを言った。
「打ちっぱなしに行ったことはあるけど」
「ああ、練習場ね」
 とたんに、悪酔い気味の酔っ払いは、むきっとなった。
「どーせ貧乏人ですっ」
「そんな意味で言ったんじゃないよ」
 蔦生は穏やかになだめた。
「僕もしょっちゅう行くわけじゃない。 今日のは接待」
「営業の人?」
 気まぐれな酔っ払いは、コロッと心の向きを変えて、親しみを持った。
「私も営業。 てか、販売。 商品を売り込むの、大変だよね〜」
 蔦生はあいまいに微笑し、包みを抱えてアパートに向かった。 ついでだから、香南もひょこひょことついていった。
「ロック、ほんとに付けたんだ」
「まだ盗まれるような物は置いてないけどね。 これから持ってくるかもしれないし」
「そうね、うん」
 大きくこっくりしたとたん、目の前が薄ぼけた。 まずい、貧血だー、と一瞬だけ思ったが、後は意識がかき消えた。




 目を開いて、しばらくしても、なかなか焦点が合わなかった。
 不思議なもので、周りが見えないと、自分の姿勢もよくわからない。 何度か強く瞬〔まばた〕きして視界の曇りを晴らした後で、ようやく長々と横たわっているのを知った。
 部屋には明かりがついていた。 天井は白く、いつものままだ。 なんで私、床なんかにゴロ寝してるんだろう、と思いながら頭を持ち上げると、二メートルほど離れたところに座り込んで、携帯の画面を盛んにスクロールさせている蔦生と目が合った。






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