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表紙

crimson sunrise
―13―


 本当のところ、蔦生は香南の前でゆったりと見せかけたほど、暇ではなかった。
 その日は土曜日だったが、十時から休日出勤した。 次の日は取引先のCEOとゴルフ・コンペに行く。 朝いちなので、五時には起きなければならない。
 最高責任者が余暇を持て余しているようでは、会社は成り立たないのだ。


 それでも、蔦生は打てる手は打った。 自社と直接関係のない、信頼できる調査会社に頼んで、里口香南を調べてもらった。 そして、彼女がフリーのキャンペーン・スタッフをしていて、まじめな仕事ぶりで評判がよいことを知った。
 まだ調査の途中だが、私生活でもきちんとしすぎているぐらいで、ボーイフレンドがまったくいないことも。


 男嫌いじゃないだろうな、と、フッと思った。


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 翌朝、蔦生が埼玉のゴルフ場で、派手な始球ボールを打ち上げている頃、香南はもそもそと起き出して、足に張った湿布を寝ぼけ眼で剥がしていた。
 足首を回してみると、なんとか動く。 胸を撫で下ろした。 巷では休日のはずの日曜日だが、宣伝員の香南には稼ぎ時だ。 気合を入れて、でも力は入れすぎず、用心しながら室内履きを爪先で探って、ゆっくり立ち上がった。




 その日の香南は、二箇所を掛け持ちした。 デパ地下と、駅前広場だ。 天気予報では曇りのち晴れだったが、雲が早く取れ、朝から真っ青な空が広がって、心地よかった。
 午前は、よく組む山田桜と、午後は新人の真崎〔まざき〕という子と一緒だった。 どちらもきっちり働くタイプで、前の日ほど疲れずに済んだ。 だから香南は機嫌よく、真崎とスタンドで焼き飯とチューハイの夕食を取り、しゃべりまくって盛り上がった後、電車に乗ってホロ酔い気分で戻ってきた。


 バスを降り、居酒屋の看板とイチョウの木に挨拶して、角を曲がった。
 ジグザグに歩いたり、道を斜めに横切ったりしたため、いつもより時間がかかった。 アパートの門が遠い。 まだかな、と心配になったとたん、門柱が向こうから飛び出してきて、香南は顔を緩めた。
「おぅ、こんばんは。 じゃない、ただいまー」
「お帰り」
 門が返事をした。
 香南が立ち止まって、目をぱちくりさせていると、立ち木の横から、蔦生が体を斜め横に倒して覗いた。






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